『名探偵N(ナンセンス)〜5秒で解けるトリックストーリー〜』-1
【推理小説に必要なのは複雑な謎ではない。
探偵役の運である。 ――名もなき名探偵】
「名探偵、事件です!」
探偵事務所に飛び込むなり、警部は声を張り上げた。
「どうしたのかね、そんなに血相変えて」
「はい、今朝方1丁目のパン屋で殺人事件が起こったんです」
「現場の状況は?」
「被害者は店長、店内にうつ伏せに倒れていました。
被害者が倒れた時に商品棚へぶつかったのか、パンが大量に散らばっていました」
「犯人の当てはあるかね?」
「従業員の誰かだと推測されますが、早朝だったので目撃者がいないんです」
そう言って警部は従業員リストを名探偵に手渡す。
「犯人の手がかりになりそうなものは?」
「それが、被害者が妙なモノを握っていたんです」
「妙なモノ?」
訝しがる名探偵に、警部は一つのパンを差し出した。
それを見た途端、名探偵はぽんと手を打った。
「犯人の名前が分かったよ」
「本当ですか?!」
名探偵がその名を告げると、警部はすぐさま手配に掛かった。
数時間後、従業員の安藤夏(♀・22)は殺人容疑で逮捕された。
被害者が握っていたモノ、それはアンドーナツだったのである。