華詞―ハナコトバ―3の花-1
華詞―ハナコトバ―
3の花 碓井 沙織
私の名前は沙織。きめ細かく、悪いものを取り除くという意味を持つ沙を織ると
書いて沙織。
サ行から始まる名前は日本語の中でも美しいと聞いたことがある。
自分では、そんな風に思ったことはないけれど、
もしあなたがそう思ってくれるのなら、私は凄く誇らしい気持ちになれるの。
「サオリちゃん、次のプレゼン、俺とやる事になったからよろしくね。」
「えっ、松下さんと?本当ですか!よろしくお願いします。」
私は嬉しさと恥ずかしさで瞬時に頭を下げた。
「あははは。サオリちゃん、堅いなぁ。あとで打ち合わせよろしくね。」
何を言って良いのかわからないで戸惑っている間に松下さんは
颯爽と自分のデスクの方に行ってしまった。
松下慎一は会社の先輩でホープ。
私たちの会社は文具関係の小さなデザイン事務所で社員は合わせて7人しかいない。
松下さんは営業成績もトップながら去年は有名なデザイン賞を授賞した、いわば会社の期待の星なのだ。
これは大げさに言っているんじゃなくて、他の大手の会社からもヘッドハンティングの話が来ているくらい優秀な人だ。
中性的な顔立ちと人懐こい性格で、この業界ではちょっとした有名人。
そんな凄い人がなんでこの小さなデザイン事務所にいるのかというと、
事務所の企業時から社長に面倒を見てもらっていて恩があるから辞められないという噂がある。
本当のところはどうなのかはわからないが、社長の娘で、このデザイン事務所でも働いている
神野優香と付き合っていて、松下さんは時期社長という話の方が実は本当じゃないかという噂もある。
「ウスイさーん、これ、シンイチから頼まれたんだけど、ウスイさんに渡しておいてって。」
ふわっと良い香りの香水が私の目の前に広がる。
綺麗にウェーブした茶色い髪の毛が肩の下で揺れている。
神野さんはネイルが折れないように資料をぎこちなく持っている。
「あ、カンノさん。ありがとうござます。」
「いいのよ。それにしても資料が多いわね。シンイチったら人使い粗いんだから。」
小さく神野さんがため息をついた。
年齢は松下さんと同じ28歳。独身。松下さんとは大学時代からの「友達」といって付き合っていることは否定しているが、
週末によく神野さんが飲みに誘っているのを見るので社内では知れずと二人はカップルということで定着している。
「午後から打ち合わせするってシンイチ行ってたよ?お昼食べたら来てね、だって。」
神野さんが人懐こい笑顔を作る。
何となく松下さんと空気が似ているな、と思う。
松下さんを狙っている人たちからは陰口を言われたりもしているみたいだけど、
私は神野さんに悪い印象はなかった。
仕事は出来るし、優しいし、美人だし…。
張り合っても勝てないところが多すぎるから、どこかで諦めている部分もあるのかな…。
理由はわからないが、松下さんと神野さんがもし付き合っていてもお似合いだな、と納得してしまう自分がいる。
松下さんが気にならないと言ったらウソになるけど、好きという程ではないのかなと思う。
考え事をしながらバタバタと仕事をしていると、あっという間にお昼になり、午後の打ち合わせの時間となった。
事務所は小さいが、一応ミーティーングルームがあり、そこで打ち合わせが出来るようになっている。