昏い森−睡蓮−-6
*
「・・・森羅」
自分を探す、弱々しい声が聞こえて、森羅は満たされた気持ちになる。
森羅が、やっと少女の髪を撫でると、ほっとしたように微笑んだ。
人間の美醜は森羅には分からなかったが、娘の上質な絹糸のように細く、柔らか
い髪の毛と、透けるように白く、きめ細やかな肌はとても気に入っていた。
そして、森羅なしには生きられないと言う、娘の弱さも。
「…ねぇ。人の時の貴方はどんな姿なの?」
素肌をぴったり森羅に密着させて、少女が問うた。
「…さあ。普通の姿だと思うが」
すると、少女の手が伸びてきて、森羅の髪に触れる。
「髪の毛の色は?」
撫で梳かれるのが心地よくて、森羅は目を細めた。
「…銀色。毛並みと一緒だ」
次は森羅の顔に小さな手のひらがぺたぺたと這う。
「睫毛、長い。…きっと銀色ね。お鼻も筋が通って、高い」
唇は瑞々しく、上品な大きさだ。ここは何度となく、睡蓮に触れられてきたので、今更触れずともよく分かっていた。
「…森羅って、きっと綺麗なのね」
睡蓮は目が、みえなくて良かったとこの時ばかりは思った。
自分が森羅と並んだところを想像すると、少し怖ろしい。
最も睡蓮は自分の容姿については分からなかったが。
自分をこの檻に繋ぎ留めている森羅。
憎いはずなのに、でも睡蓮は森羅のために生きられることを嬉しく思う。
だって、誰かに必要とされたのは初めてだったから。
森羅は、黙って睡蓮の髪を手で漉いていたが、きっと睡蓮とは違う誰かのことを想っている。
睡蓮はふとそう思う。
森羅は口数の多い方ではなかったが、時折黙して夜のしじまに耳を傾けているような時があり、そんなとき睡蓮は森羅を遠くに感じる。
―誰かの身代わりでもいい。森羅と一緒にいられるなら。
浅はかに睡蓮は思う。
森羅の腕に付けてある鈴がまたちりんと鳴る。
それは、森羅がここにいると睡蓮に知らせてくれる音だったが、何故か今はそれがとても切なく響いた。
妖はまた、きっと朝になると睡蓮の前から姿を消すのだ。
睡蓮は逃げられぬよう、森羅の背に腕をまわして力を込めた。