昏い森−睡蓮−-5
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初めは、ほんの戯れのつもりだった。
森で見つけた泥だらけの小さな娘。
娘の長く艶やかな闇のように黒い髪の毛は、森羅を選ばなかった女たちを思わせた。
この妖が住まう森の外れ、人間が住まう村へと繋がる道の途中に、まるで守りのような一軒の屋敷があった。
その屋敷には妖の好物である、贄がいるという―。
あるとき、森羅が何気なくその屋敷へ近づいていると、そこには別の妖の姿が既にあった。
その妖は、今は人間の形をしていて、真っ白い頭髪の男が誰であるのか森羅にはすぐに分かった。
―月読だ。
月読は、梟の妖で力はないが、その膨大な知識で人間ばかりか同族である妖をも惑わす。
掴みどころがなく、常に飄々とした態度で誰をも畏れない。
月読の傍らには、寄り添うように小さな娘がいた。
娘はしきりに男に楽しそうに話かけている。
男はそれに頷きながら、時々堪えきれずに笑い声を立てる。
ほとんど頬がくっつくくらい顔を寄せ合って熱心に話す二人の姿から、森羅は目が離せなかった。
月読の、娘をみる眼差しが驚くほど優しい。
あの傲岸不遜な男の穏やかな表情など、森羅は初めてお目にかかる。
だけど、二人を取り巻く空気は侵し難く、同時に森羅は自分もあの温かなそれに触れてみたいとも思った。
今まで、一人で不自由をしたことはない。
妖は群れない。
むしろその方が好都合だった。
だけど。
傍らに誰かがいるということ。
その誰かを慈しむこと。
森羅はそのことに焦がれた。
森にいる妖の中で頂点を極めれば、人間の贄を得ることができる。
贄は16歳になると妖の伴侶となり、生涯をともにする。
そうして、贄が死したとき、妖はその身体を喰らうことができるのだ。
贄は覇者のみが味わえる、極上の妙味であり、食すれば比類なき力が得られるとされていた。
森羅は贄を求めた。