粉雪-1
「もう……終わりだね」
彼がそう言った。
私は俯いたまま、黙って唇をかみ締める。
「君は……自由だ」
そう言いながら彼は、彼の側(かたわら)に置かれていた大きなスポーツバックを、重そうに持ち上げると、それを肩に
掛けた。
「さよなら……」
寒い冬の深夜だった。
「さよなら……」
小さな粉雪が静かに降りしきる、夜だった。
「さよなら……」
それ以外の言葉はもう、彼の口からは出てこない。
でも……私はこの人を愛していた。今までもずっと…… これからもきっと……
彼は黙って、私に背を向けると、ゆっくりと歩き出し。そして何時しかその姿は……粉雪が舞う、闇の中へと消えた。
後には、彼の足跡が残るだけ。それさえも、いつしか粉雪たちは消し去ってしまう。
私は黙って、彼が残した足跡を見詰めるだけ。
しかし、それさえも歪んで見えなくなる。
わたしの瞳から溢れた涙が、頬を伝って零れ落ち、生まれたての粉雪を溶かし去る。
私は黙って、此処に居るだけ。何時までも何時までも……此処に居るだけ。
そんな私に、粉雪たちは……静かに降り積もるだけ……。