第三話――魔人と死神と皇国の聖女-1
――広大な馬場である。
何千回も、何万回も蹄に蹴られ、踏み固められた大地は、遠目でも硬く締まっているのがわかった。
普段はそこで軍馬が、その背に乗るだろう未来の英雄のために四肢を鍛えていたことだろう。しかし、いま、そこには騎馬の代わりに数千もの兵が天幕を張り、駐屯している。
皆、異国民である。だが、赤の他人というわけでもない。
この竜の国にとっては天馬、鷲獅子、一角獣、山猫、不死鳥、氷狼、火蜥蜴――聖獣の国々は親戚のようなものだ。
そんな馬場を見回し、山猫の国――リンクス王国の聖騎士、アリス・バハムントは溜め息をついた。
「……どうかしましたか、アリス?」
そんな自分の様子を見咎められたのだろう、背後から少女の高い鈴声がかけられた。
振り向けば、そこでは綺麗な薄紫色の頭髪を三つ編みに結い上げた少女が覗き込むように見上げている。
リンクス王国で唯一自由のみである王族、エレナ・V・リンクスだ。
アリスは、その端整ながらもどこか気の強そうな表情を引き締めた。
「いえ……特に、なにも」
「あら?そうですか?てっきり、パスクさんと一緒にいられないのが不満なのかと……」
「ひ、姫様っ?」
アリスはあまりにも直接的な言葉に愕然とする。
すると、エレナの脇に立った褐色肌の妙齢の女騎士も参戦してきた。
「なんだ、アリス?まだ、別れて半日――恋心が熱い時分には、それだけであまりにも長いか?」
マデリーン・ローゼンハーム。リンクス最強の女騎士にして、アリスの上司だ。
高らかにカカカっ、と笑うとマデリーンは続けた。