第三話――魔人と死神と皇国の聖女-4
「おかえりなさい、パスクさん。ご無事そうでなによりです」
「ありがとうごさいます、姫。会議、お疲れ様です」
パスクはにこりと微笑んだ。
切れ長の瞳と血の気のない薄い唇だ、本来ならば冷笑になってしまうだろう。しかし、彼の笑みは至極温かみのあるものだった。
アリスは、チラリとパスクを――愛しき男を観察する。
『聖人』ということもあり、纏っているのは上質な絹仕立てのローブだ。彼は黒や紫、紺といった暗めの色が好みなのだそうだが、残念なことに白を基調とした実に清潔感の溢れる服であった。ところどころに赤地で雨避けや脇当てが施されており、胸元にはリンクス王家の猫と杖の紋章が金糸で刺繍されている。
リンクス王都のアンケルストッカス大聖堂に納められているリンクス建国の聖女ヴィクトリアの肖像画がにおいて、彼女が纏っているローブを模したものだった。
……一見、問題がないように見える格好だ。
しかし、なぜかアリスは違和感を覚えた。
首を傾げる。はらりと栗色の髪が左頬に垂れ、その白い肌をくすぐった。
そんな彼女の様子に当のパスクも気付いているのだろう、右腕を後ろにゆっくりと背中に回した。
そこでアリスは気付いてしまう。
今、隠されたローブの袖にはボタンがなかった。
――左袖にはサファイヤの飾りボタンが二つ、並んでいるというのに!
「なあ、パスク。本当に、無事だったのか?何ごともなかったのか?」
アリスはその柳眉をひそめた。
その言葉にパスクの頬がひくりと一度、動く。ただ、彼の反応はそれきりだ。
……だが、背後でゲルハルトの漏らした「ヤベッ」という声は、狭い室内に虚しく響いてしまった。
十人以上(さらに一匹)もいる部屋に沈黙がおとずれた。
アリス、エレナといった居残り勢はゲルハルトへ不審の目を向け、ジーンは額に手をやり、パンやパトリシアはあからさまに失言男を睨んでいた。
フィルにいたっては腰に佩く剣の柄へ手を掛けてさえいる。