第三話――魔人と死神と皇国の聖女-38
「そ、そんなことはないぞ!いや、こっちが勝手に来ただけなんだ、パスクが謝ることなんてない。お疲れさま。……それで?『死神』の処遇?」
アリスが、ピクンとあわてたように肩を跳ね上げると必死で両手の平を左右に振った。
その動作が、どこか可愛らしく、滑稽でもあり、パスクは密かに微笑んだ。
「いえ、彼女は凄腕といっても所詮は魔導師。魔道媒体がなければどうともならないんです。ですから、帝国側の手を借りないかぎりは逃走も自害もできないでしょう。なので、私は、最小限の――信用の置ける人員だけの警護を提案したのですが……」
「断れたのか?やはり、フェニックス?」
「いえいえ。どの国も、大して差はないんですよね、私への信頼は。実際に反対したのは不死鳥の方々でしたが、私の意見に賛同する方がいなかったのですから、同じです」
「……ということは、『死神』には厳重な警戒がしかれてることになったのか?」
「はい。衛兵を多数起用しましてね。敵方としては紛れ込みやすい状況です」
パスクは、ついさっきまでの緊急会議の顛末を話しつつ、アリスの向かいに座った。
ナイトテーブルの上には葡萄酒の瓶が乗っている。栓は抜いてあったが、中身はそうそう減ってはいなかった。
アリスは、自分がここに到着するまでの間、心ここに在らずだったのだろう。
パスクは葡萄酒を、空のグラスとアリスのモノとに注いだ。
すると、アリスが一息でそのグラスを飲み干し、酔いのためではないだろう真っ赤な顔で言う。
「〜〜っ!なぜっ、歴々はパスクをないがしろにするのだ!」
「そりゃあ……私、元敵兵ですし」
「だが、いまは味方だ!というか、味方の御旗の一つではないか!なのにっ――、っ!」
なおも興奮するアリスの手へ、己の手を重ねたパスク。
気高き女騎士は、時が止まったかのように固まった。パクパクと口を開閉し、耳まで朱に染めるその顔が、パスクは堪らなく愛らしく思えた。