第三話――魔人と死神と皇国の聖女-34
「――『黒雷』“タイラントサージ”」
「なに?」
怯んだ様子のない一角獣の背の上から、同じく、冷静な声で紅山猫が呟いた。
その言葉の意味が理解できなかったアリスは、反射的に聞きかえす。
パンが、一瞥と共に答えてくれた。
「パスクが、いつも無詠唱で行使する『黒雷』――その正式な魔術の名前よ。元々、全方位に展開する攻撃系黒魔法の中でも高難度の術なんだけどね……コレは、さらにその上よ」
「上?威力があるということか?確かに、以前のパスクとジーンが使った複合魔法にも劣らないだろうが……」
「そりゃ、そうでしょうよ。あの時よりも、さらにパスクの魔力は上がっているんだから」
「魔力が?一月前よりもかっ?」
「正確に言えば、あの次の日ね。私の『聖獣』の封印を解いたでしょ?ホラ、ペガススの優男に腕を切り取られそうになった時に」
「ああ……いや?あれはパンが、勝手に解いたんじゃなかったのか?」
「つ、つまらないことを覚えてるわねぇ。いいじゃない、どっちでも。――よ・う・はっ!その封印のために消費していた魔力を、いまは自由に使えるのよ、パスクは」
「な、るほど……。それで?どれくらい、魔力が上がった――というか、戻ったんだ?」
「んふふ〜っ。聞いて驚きなさい?正確な数値じゃいえないけどね、約二倍」
「にっ!?」
アリスは言葉を失った。
リンクス王国王都を落とした立役者――『魔人』パスク・テュルグレ。しかし、現在はその時のさらに倍の魔力を有している?
……どれだけ、なのだ?パスクの、力のほどは。
アリスは、未だに天井の見えない恋人の実力に畏敬の念を覚えた。
ケネスではないが、それは『魔人』とでも渾名したくなるだろう。