第三話――魔人と死神と皇国の聖女-32
銀色の髪をフワリフワリと揺らし、捻れた長杖を構えるパスク。
相対するは、紺色の長い袖裾の上下を纏い、極力、闇に紛れるような格好の人影だ。頭の先から足元まで全てが紺色でそろえており、顔にまで布を巻いて隠しているために、その正体は窺うことができない。
しかし、事前の話しから、女性ではあるのだろう。背丈はアリスと同じくらいのようにも見えるが、変装かもしれない。
……結局、外見的特長は何ひとつ、見てとることができなかった。
しかし、わかることもある。
まず、その身のこなしから戦闘訓練――しかも、極めて高度なモノ――、を習得しているのは間違いないだろう。
そして、魔術師としても、かなりの腕だ。パスクとも遜色がないほどである。
距離があるために聞き取れないだけかもしれないが、魔術師同士の争いのはずなのに呪文を詠唱する声は聞こえない。
ただ、闇をさらに黒く染めるパスクの『黒雷』と、反対に闇を溶かす真っ白な『光の矢』が互いの敵を狙って放たれているだけだ。
数秒に一度は、どちらが魔術を放っているのだが、ふたりとも動きが速く当たらない。
ときたま、うまい具合に相手へ向かっても、直撃するよりも早く、闇は光に、光は闇に弾かれてしまう。
――そういえば、アムシエル砦を脱出する際、彼の砦の将軍デュッセルが、
「魔人の魔法は黒魔法の極致。故に白魔法の多重結界に対しては乱反射してしまい無効化される」
そう、言っていた。
魔術のことは詳しくないが、おそらく『死神』は白魔法の使い手なのだろう。
……ならば、互いに互いのもっとも苦手とする相手ではないのか?
そんな疑問を、おそらくこの場で解説してくれそうな唯一の存在、パスクの使い魔であるパンに訪ねてみた。
「ん?ああ……。まっ、そうなるわね。だからこそ、『死神』もパスクを殺したいんでしょ?殺せるうちにね」
「しかし、これでは決着がつかないのではないか?」
「決着?――ふふんっ。アンタ、パスクを侮っちゃダメよ。以前は確かに、あのふたりの実力は拮抗していたわ。けれどね――」
未だ一角獣の背の上に腰を据えたパンが目を細め、戦闘を見つめた。
そんな紅山猫の視線の先で、『死神』の閃光がパスクへと放たれ、しかし、それが『魔人』の発動せし闇に飲み込まれた。
半歩、後退したパスクが、なにか叫んだような気がした。