第三話――魔人と死神と皇国の聖女-26
……なんて、外道な会話だろう。その場にいなかったにも関わらず、ゲルハルトは隊長にノされてしまうらしい。――まあ、毎日のことだが。
アリスは、なんともいえない生温かい眼差しを女装メイドと男装騎士へ向けた。
「いや、不安要素ってのはホラ?人質とか――な?前科持ちがふたりもいるじゃねぇか」
ケネスが、アリスとエレナを交互に見てきた。
ムッと、アリスは唇を尖らせる。
「私は人質になど、なっていないぞ!ジーンの時は、演技だったはずだ!」
「うんにゃ。あの時点では、アリスは作戦を知らなかったはずよね?」
すると、足元からパンが揶揄してきた。得意の、癪に障る笑みを浮かべてだ。
アリスは、口を開いたものの、言い訳を思いつくことができなかった。
「……んま、いいさ。とまれ、これだけ、固まってりゃ十分だろ。それに、もう『死神』さんは、この会場にはいないしな」
「ッ――」
ケネスの言葉にアリスは、音楽隊へ目を向けた。
だが、『死神』――と、パスクたちが目星を付けていたヴァイオリン弾きが誰だったのか、いないのかどうか、判別することは敵わなかった。
怪訝な表情を浮かべるアリス。
「いない、のか?なんの違和感もないんだが……」
「そりゃ、そうだ。目立つ隠密なんかがいるんだったら、暗殺なんてもんは起きないさね。ほんの数分前に、この、いま流れている曲のヴァイオリンのパートが終わった瞬間に『死神』は隊列を離れたよ。誰の注意もよされずに、さ」
「よく、見ているな」
「それが仕事なんでね」
ケネスはなんの感慨もないようで、一度、頬をかいただけだった。
そこで、なぜか、エレナが嬉しそうにほくそ笑んだ。アリスは、いよいよ、疑念を確固なものになっていく自覚をする。
そんな時だ、
ゴオォウゥゥンッッ!
と、轟音が大気を振るわせた。
由来がなにかは、――考えるまでもない。