第三話――魔人と死神と皇国の聖女-10
『そうですね。まず、小競り合いをできるだけして、帝国の兵を捕虜にします。次のこの、王都リンクスの近隣の河川――チルデイ河、グリエレスカ河に、情報収集を終えた用済みの捕虜の死体を捨てます。できるだけバラバラにして、腐らせるのがポイントです。これで王都の生活用水は完全に使い物になりません。味方の死体を毎日のように見せられれば、気も滅入りますしね。一ヶ月もすれば、なんの布告をしなくても、向こうから白旗を上げてくれると思いますよ?』
――この言葉を、フィル姫も聞いている。
アリスは、この魔人パスクの爆弾発言が噂になっていたため、苦労して議事録の写しを手に入れ、目を通しただけなのだが、それでも、その場の騒然とした様子が目に浮かんだ。
その後に、パスクはこう続けていた。
『…………驚きましたか?ですが、これが帝国の戦い方です。覚えておいてください。参考にしろ、とはいいませんがねェ』
つまり、パスクは警告したのだった。正攻法での戦法では、甚大な被害が出る――と。
彼の真意にどれだけの者が、気が付けたかはわからないが、すくなくともフィル姫は気づいているようだ。
マデリーンの言葉に、納得せざるをえなかった。
「――まっ、今晩は懇談会があるそうですからね。そのときに、叱られてきますよ。ゲルハルトに言わせたところの鳥頭が存分に溜飲が下がる程度には、ね」
堅くなった空気を気にしてか、パスクが努めて明るい声で告げた。
他の誰もが、釈然とはせず、しかし、反論もできないと見てとるとパスクは微笑んで続ける。
「私自身、寝返った身の上ですからね。このような立場になるのは覚悟してました。では、もうそろそろジーンを止めに行かないとゲルハルトとパトリシアが、さすがに不憫なので失礼します。懇談会で、また……」
冷たい顔に、最大限の温かな笑みを称え、パスクは退室していった。
「だから、黙っていなさいって言ったのよ」と、バカにしたように――勘違いかもしれないが、アリスにはこの猫の表情が都度都度、癪に障ってしかたがない――、パンはフィルを見上げると主人の後を追った。
「……っ」
唇を噛んだフィル。
まだ、若いのだ、経験不足の感情論を披露したところで誰も咎めはしないだろうが、彼女自身は、そんな己の甘さが許せないようである。
「フィル、さま?」
エレナが、時を見計らって声をかけた。
フィルの、その細い双肩がピクンと跳ね上がる。