お兄ちゃんの忘れ物-3
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今日は近くのコンビニの位置だけ覚えて帰る事にした。
一度に沢山頭に詰め込んだら覚えきれないから、少しずつ覚えていけばいい。
何か今日は色々動いて疲れちゃった。早目に寝よう・・・
「よう、明乃」
階段を上がると私の部屋の前に、お兄ちゃんが立っていた。
「な、なんでいるの?!」
「驚いたか。実はさっきの電話、改札の前でしてたんだぜ」
「住所・・・教えたっけ」
「お袋に聞いた。俺の家から離れてるんだな、3回も乗り換えたぞ」
突然の来訪に驚いて、うまく言葉が出てこない。
「えっ、えっ、マジ?なんで私の家が分かっ、あ、あの」
お兄ちゃんは慌てる私に微笑みかけて、後ろのドアを親指で指した。
「中で話そうぜ。ここで騒いだら近所迷惑だからな」
「は、はい、そうします」
私は慌てたら騒いでしまうのを、お兄ちゃんはちゃんと分かっている。
何とか落ち着きを取り戻して、鍵を開けた。
「おー、俺んとこより広いな。全く、生意気な部屋に住みやがって」
「ここより狭いの?お兄ちゃん可哀想」
「うるさい、大きなお世話だ。でも、住んだら慣れるよ。何だかんだで俺も4年いるし、引っ越すつもりも無い」
「住めば都、か・・・」
お兄ちゃんと話したら、すぐに落ち着く事が出来た。
そこでやっとお兄ちゃんがスーツを着ているのに気付く。
「何でスーツなの」
「・・・引っ張りすぎだろ」
「だって今気付いたし。お兄ちゃんがサプライズするから」
「おほん、実はな、似合ってるか明乃に見てほしくてな」
「それだけの為に来たの?」
「うん。でも、責任重大だぞ。お前の言葉次第でお兄ちゃんの社会人としての未来が決まる」
「また大袈裟に・・・」
全体をざっと見渡し、次に細かい部分を観察していく。
黒に近い濃い目のグレーのスーツ。ネクタイは派手でも押さえ目でもない普通の色で、ちゃんと結べている。
特におかしな所は無い。
でも、お父さんに比べるとまだ着慣れてない感じがした。
お父さんのスーツは皮膚みたいに体と一体化して違和感が無いけど、お兄ちゃんはまだまだ初々しく見える。
・・・なんて言ったら怒るだろうし、余計な事は言わなくていいだろう。
「似合ってるよ」
「本当か?」
「うん、変なふうには見えないと思う」
「良し、わざわざ来た甲斐があったな。悪い明乃、トイレ貸してくれないか?」
「うん。玄関の左にあるよ」
お兄ちゃんは足早にトイレに駆け込んでいった。
勢いよく水音がして、思わず笑ってしまった。