どこにでもないちいさなおはなし-73
「簡単な事だろう?たった一人だけ残った神なんだから。……それに、僕はオギアスの記憶にも誰の記憶にも居ないんだしね。……そうしたら、もう誰も君を責める者も居なくなる。ネーサの命を返せば君は死ななくて済む。さ、どうする?」
ゼロを見つめるティアンの背後にかつてのワンの姿が被って見えました。ゼロは仕方なく頷きました。
「よかった。さぁ、晴れて君の物だ」
ティアンは鍵から手を離してゼロにそれを握らせました。
「もし、君が約束を破るような事があったら、僕は何としても君の命を狙うからね」
ゼロはもう一度大きく頷きました。そして自分が飲み込んだ赤い輝石の欠片を吐き出してティアンに渡しました。ティアンはそれを愛しそうに受け取るとそっとポケットにしまいました。それから床に転がっていたリールが持っていたあの刻印入りの指輪を手にすると、ゼロの方を向きました。
「ゼロ、君と会うのはこれが最後になると信じているよ。……さようなら、もう馬鹿な事はしない事だ」
ゼロがティアンに何かを言おうとした瞬間にはもうティアンの姿は消えていました。ゼロは項垂れ肩を落として座り込み、鍵を見つめてため息をつきました。
ティアンが気づいた時にはメリーガーデンの港に立っていました。要所要所でしか覚えては居ませんでしたが、誰かの声が頭の中に響いていました。その声はネーサが必ず自分の元に帰ってくる事。あの庭で待たなければいけない事を語っていました。ティアンはよく意味が分かりませんでしたが、とりあえずマイラとジャックに会いに行きました。
「ティアン」
マイラはティアンが尋ねてくると抱き上げて喜びました。二人はメリーガーデンの城に居ました。白髪の女王はティアンに上等な部屋を用意し、食事も与えました。しかし不思議な事に誰に尋ねても、イヴを知っている人は居ませんでした。女王も家臣も、町の人も。ジャックとマイラだけはリールもイヴも覚えていましたが、他の誰一人としてその存在を覚えていませんでした。
「きっと、リールがそう願ったんだね。誰か一人に頼る事なく、平和になる世界を目指したんだ」
ティアンが二人にそういうと二人は大きく頷きました。
「ティアンはこれからどうするんだい」
マイラがそう尋ねるとティアンは窓辺に立って外を眺めて言いました。
「実はね、リールが戻ってくるって誰かが教えてくれるんだ。だから、あそこに行かなくっちゃいけない。それに僕、まだカエルの姿だし、だれもリールを知らない世界で生きていても虚しいだけだから、いつまでも待つつもりなんだ」
ジャックとマイラは顔を見合わせました。
「そういえば、そうだな。ティアンだけ元に戻っていない」
ティアンが振り向きました。悲しそうな目をして頷き、二人に近づきました。