どこにでもないちいさなおはなし-70
「あんまりボクに刃向かわない方がいいよ。君の命を無理矢理奪う事だって、出来るのだから」
ゼロはリールが飲まなかった紅茶に口をつけていいました。リールは何とか逃れようともがきましたが、その度に手足は痺れていきました。
「そんな事出来ない事くらい知ってるわ。……初代のイヴは貴方より頭が良かったのよ。だから、貴方に知られないようにこっそりとワンにお願いをした。無理矢理にイヴから命を奪おうとした時は逆にその者の命を終わりにするって。貴方だって、知ってるでしょう?聞かされたんでしょう?……だから、私を呼んだんでしょう?」
リールは口元を卑屈に歪めて笑いました。ゼロがカップをリールに投げつけ、紅茶がリールに掛かりました。
「口を慎めよ。お前の大切な仲間を殺す事だって、ボクには簡単に出来るんだ」
リールは濡れた髪の間からゼロを睨みつけていいました。
「やれば、いいじゃない。どうせ世界は滅びるの。貴方の手によって。私から命を奪ったら次は世界を壊すための箱をあの鍵で開けるつもりなんでしょう?……両方しないと死んじゃうんだもんね」
ゼロは忌々しげにリールを睨み、側に歩いていって頬を打ちました。バチンとものすごい音がしてリールの頬が赤くなりました。
「あぁ、だったら、やってやるよ。手始めにマンダリン・ライラでも殺そうか」
リールはゼロの瞳に歪んだ感情を見ました。そして、リールは顔を上げて笑ったまま、言いました。
「貴方は大きな勘違いをしている。あまりに世界を大きすぎて見抜けていない事が多すぎる。……いいわ、取り引きをしましょう」
ゼロはリールの言葉が腑に落ちない様子でしたが、やっとリールがその気になったので、安心したように蜘蛛の糸を消しました。リールがバランスを崩し、床に座り込むと、ゼロはじっとリールを見下して言葉を待ちました。
「私の命は貴方に返すわ。その代わり私の心を散り散りにして世界の皆の心に入れて。今までイヴが良心だった代わりをこれからは皆の心にそれぞれの良心を持たせるのよ。……私がみんなの最初の良心になるわ」
ゼロはいよいよリールも頭が可笑しくなったんだと思いました。この後壊してしまう世界の住人の良心になった所で何も変わらないと思ったからでした。
「あぁ、いいさ。そんな事でいいならね。いますぐに叶えてやろう」
ゼロの瞳が真っ黒になりました。そして、リールの体に手を無理矢理突っ込むと光る輝石を取り出して飲み込みました。赤い光りがゼロの体から溢れ顔や手の皺が消えました。リールは薄れ行く意識の中で、最愛の人のことを考えていました。
「さぁ、さようなら、イヴ・ネーサ。愚かな馬鹿者よ」
ゼロが指をパチンと鳴らすとリールの体は小さな目に見えないほどの蝶になって模型の中に吸い込まれていきました。
その瞬間まばゆい光りが世界中を包みました。そして人々は自分の中に何か暖かい物が入ったのを感じました。そしてその瞬間から略奪も争いもぴたりと止まりました。傷つけていた者は互いに謝り、気を使い、手を貸しあいました。略奪しようとしていた者は自分の愚かさを恥じて涙を流しました。
ジャックとマイラは何も感じなかったのですが、確かにそこにリールがいたような気がしていました。