どこにでもないちいさなおはなし-69
「あぁ、そうだよ。私の可愛いイヴ」
ゼロは本を取り、ゆっくりとリールに向かって歩いてきました。そして、模型のような物の前に立ち、じっと目を凝らしていました。
「君の仲間はちゃんとメリーガーデンへ着いたよ。……それにしても遅かったねぇ」
リールは答えずにゼロを睨みました。ゼロはリールに目を向けると指をぱちんと鳴らしました。するとリールの目の前にセンターテーブルが現れ、湯気の立った紅茶が現れました。どこからか優雅な音楽が流れ、リールの隣にはいつの間にかゼロが座っていました。
「覚悟、が出来なかったのかな?」
そう呟きながら自分の手にしているカップにティーポットから黄金色の紅茶を注ぎました。ふわんっとリールの鼻腔にも良い香りが漂いました。
「……覚悟?貴方に私の命をあげる、覚悟?」
さあ、とゼロが差し出すカップを素直にリールは受け取りながらそう言い返しました。
「そうさ。イヴになった瞬間に自分の宿命を感じたんだろう?……それを飲んだら、さぁ、ボクに返しておくれ」
カップを持つリールの手が震えました。
「あぁ、でも、その前にあの世界を終わらせる鍵も渡して貰わないとだめだねぇ。……両方無いとボクは死んでしまうのだから」
ゼロはやっと待ちに待った瞬間が来たと顔に笑みを浮かべていました。やがてそれは声を出してクックックという笑いに変わりました。
「本当に長かったなぁ、君の母親のその前からずーっと計画していたのに中々タイミングが合わなくて、ボクもすっかり年老いてしまったよ」
ほら、みてごらん、とゼロは自らの皺だらけの手の平を見せました。リールは紅茶をテーブルに置くと、その手を一瞥する事も無く、ゼロを睨みました。
「そんなに怖い顔をするなよ。……ボクは君の親、なんだよ?」
「……親?」
リールがそう呟くと、ゼロは自信たっぷりに頷きました。そしてリールの頬に手を当てて言いました。
「そうだろう?ボクが作った世界なんだから、ボクが親なんだ」
リールはその手を振り払うと立ち上がりました。そしてゼロに向かって手をかざして叫びました。
「私のお母様とお父様は違うわっ、貴方じゃない」
両手に小さな白い蝶が浮かび、ゼロに向かって一斉に飛びました。しかし、それらはゼロに当たる前に粉々に砕け散りました。
「わかってないねぇ、まだ、幼いせいかい?君がいた世界を作ったのはボクなんだよ」
服にかかった白い粉をふうっと息をかけてゼロが飛ばすと蜘蛛となってリールに纏わりつき、あっという間に手足を縛り上げました。
「貴方が作った?私はただの住人じゃないのよ。知ってるわ。……本当に、残念。最後に残った神といわれてる存在が貴方で。ワンだったら、もっと違う方法を考えていたのに」
ワン、という言葉にゼロは眉をしかめ、リールを睨みました。すると手足を縛る糸の力が増したのでした。リールは堪らず低く呻きました。