どこにでもないちいさなおはなし-66
「愚かなる者は……私の、方……なの、に」
リールの視界が歪みました。あっと思った次の瞬間、見えたのは床の木目でした。リールは糸が切れた人形のようにその場に倒れこみ、上からはたくさんの骨が落ちてきてリールの身体を見えなくしました。
リールが薄っすらと目を開けるとそこには心配したティアンの顔がありました。ティアンはリールが目を開けるとほっとしたように息を吐きました。
「……ァ……ン?」
微かに声を出してリールは目の前にいる相手の名前を呼びました。ティアンはリールの顔にぺたりと手をつけると頷きました。
「大丈夫かい?……マイラもジャックも無事だよ。乗務員もほとんど生還してる」
顔に触れた手が冷たくてリールはまた目を閉じました。ティアンはそれを心配そうに見つめました。数分後リールがまた目を開け、身体を起こそうとして顔をしかめました。
「無理しちゃだめだよ。……死を司る蝶は禁術なのに、使ったりするから」
ティアンはリールの額に指を乗せ目を閉じました。指先が青白く光り、リールの額が温かくなっていきました。ティアンの額には汗が浮かび、指離すと大きく肩で息をしました。
「今、僕の力を分けたから。少し眠ればまたよくなるよ。眠って、リール。何も心配はいらないから」
リールは小さく頷くと目を閉じました。次の瞬間には死んだように静かに眠りにつきました。ティアンがほっとしてベッドからよろけながら降りるとドアが開いてジャックが入ってきました。倒れそうになるティアンを見てジャックは慌てて駆け寄りしゃがんで支えました。
「ティアン……。大丈夫かい?」
そう言うジャックの体のあちこちにも包帯が巻かれ、血が滲んでいました。ティアンは頷くと自分で立ちました。
「ごめん、いっぱいリールにあげちゃったからよろけただけだよ。大丈夫。……マイラは?」
ジャックはティアンの言葉に首を振りました。ティアンがうなだれて息を吐きました。
「とにかく手の損傷が酷い。普通に使う分には問題無いが、蝶を出すとなると痛みを伴うようだ」
ジャックはティアンの体から手を離すと立ち上がり、リールの方を見ました。ティアンもその視線を追うようにリールを見て言いました。
「リールが聞いたら責任を感じてしまうかな。……ねぇ、ジャック。リールには内緒にしておこうよ。なるべくマイラに蝶を出させないようにすればいいんだから」
その言葉に同意するようにジャックは頷き、二人はそっと部屋を後にしました。
マイラは他の部屋のベッドで手を宙から吊り下げられたまま目を閉じていました。両手の指はずきずきと痛み、熱を持っているようでした。
「姉さま、ごめんなさい。私、最後まであの子を守れない」
目から涙が零れていました。枕はその涙を吸って染みを作っていました。