どこにでもないちいさなおはなし-62
「父上も母上もイヴ様から慕われたら大喜びだよ。必ずラーの国に二人で行こうね」
リールはティアンを抱きしめました。毛布がずるりと落ちて床に転がりました。
「ティア……ううん。オギアス。大好きよ。一緒に居てくれてありがとう」
ティアンもリールを抱きしめました。
「僕もだよ」
二人はその後しばらく話してから船室に戻りました。すっかり冷えてしまった身体を温めるようにくっついてベッドに入り、リールはティアンの手を握りました。
「眠るまでずっと手を繋いでてくれる?これから毎日そうしてくれる?」
ティアンはリールの方を見て頷くと力強く握り返しました。それからリールの頭を不器用に撫でました。
「眠るまでずっと手も繋いであげるし、撫でてあげるから。だから、安心しておやすみ」
リールはほっとしたように目を閉じるとそのまますぐに眠ってしまいました。ティアンはその寝顔をいつまでも見つめていました。
二人が眠った後ジャックはそっと起き出して甲板へと出て行きました。マイラがその後を追い、煙草に火をつけたばかりのジャックの肩を叩きました。
「起こしたか?」
ジャックが振り返りマイラに尋ねると、マイラは左右に首を振りました。いつものように髪を結い上げていない黒髪が風になびいていました。
「……どうだったんだい、久しぶりの祖国は」
胸元から煙管のセットを出し火を付けて吸いはじめました。ジャックも紫煙を吹き出しながら、小さくうなりました。
「あんたが煙草を吸うなんて珍しいじゃないか」
マイラが煙管を咥えスパスパ音を立てました。ジャックは何も答えずに煙草を短くしていきました。やがて煙草が無くなると皮袋から空の小瓶を出し、その中に吸殻を入れました。
「これはな、マイティのだ。弔い煙草だな」
ふっと笑ったジャックの横顔は思いがけず寂しげでした。マイラもカツンと船に煙管をあて、海に灰を捨てました。
「ずるいよねぇ、あいつだけ行っちまいやがってさぁ。あたしが一番年上なのにねぇ」
胸元に煙管をしまうとジャックに寄りかかるようにもたれ掛りました。ジャックはマイラの肩を抱いて胸を貸しました。
「泣いてもいいんだぞ」
マイラの目から涙が一筋流れました。やがて嗚咽が始まり、マイラはジャックの胸に顔を埋めました。細かく震えるマイラの身体をジャックは抱きしめながら何度も背中をさすりました。
「俺達もそのうちマイティの所に行けるさ。まだ先になるだろうけどね」
胸の中のマイラが頷いたような気がしました。