どこにでもないちいさなおはなし-60
「……サラ」
そっとリールは顔を上げ、サラの顔をまっすぐに見つめました。サラも涙を両手で拭い、見つめなおしました。
「ありがとう、最後までお母様の側で尽くしてくれて。貴方にもし子供が生まれる事があったらその子にはお母様とお父様が見守ってくれるわ」
サラの目からまた涙が流れ、リールに抱きつきました。リールは自分も涙を流しながら遠くを見つめていました。
それから二日後。すべての準備が整った銀色の船にリール達は乗り込みました。船員にはキメール・ド・イヴの時から腕利きだった船員を数名と身の回りの世話をしてもらうための女を数名選びました。リールが来ている事や船を出す事は瞬く間に移民となっていた元国民の間で噂になり、名乗り出るものが相次ぐ中、リールはみんなは連れて行けないと断って選んだのでした。
「イヴ様。……ご無事をお祈り申し上げます。それからマイティの身体は私が責任を持って埋葬いたします」
硬い表情で見送りに来ていた女王が言い、リールの手を両手で握りました。リールも小さく頷き短くお礼を言うとタラップを昇りました。眼下にはたくさんのキメールの民だった者が見送りに来ていて、リールが振り返ると皆一同に頭を下げました。
甲板には先に乗り込んでいたジャックとマイラはリールの両手へ片方ずつ手を伸ばして待っていました。
「おかえり、リール」
リールは緊張していた表情を崩して二人の手を握りひっぱりあげて貰いました。
「ただいま、ジャック、マイラ。それにティアン」
ジャックの隣に立つティアンに笑いかけそう言いました。ティアンも笑顔で迎えました。
船は汽笛を上げ、ゆっくりと進み始めました。リールは甲板からいつまでもメリーガーデンへ手を振っていました。
航海は何も無く平和でした。初日の夜、船内とは思えない程豪華な船室で四人は寝ていました。当初はばらばらに部屋があったのですが、リールはどうしてもみんなと寝たいと言ったのでした。
「眠れないの?」
何度か寝返りをリールが繰り返した時、隣で横になっていたティアンがそっと話しかけてきました。リールはティアンの方に向き直り、そっと目を開けました。そこには心配そうにリールを見つめるティアンの顔がありました。
「起こしちゃった?ごめんね」
ティアンは首を振り起き上がりました。
「いいよ。……外に行こうか。気分が晴れるかもしれないし。僕も眠れないんだ」
二人はそっと部屋を後にするとそのまま冷たい風が吹く甲板に出ました。二人は一枚の毛布を半分ずつ身体にかけてベンチに座りました。風がリールの金色の髪を踊らせ、月夜にきらきらと輝いていました。
「リール」
ティアンは水の音を聞きながらそっと話しかけました。遠くを見ていたリールはティアンの顔を覗きこむように見つめました。