どこにでもないちいさなおはなし-59
「えぇ、キメールの者を連れて行きます。ただ、全てが終わったらまたこの国にお戻し頂けましょう?」
「それがイヴ様のお言葉ならば私は背く事が出来ません。快く迎え入れましょう」
二人がそっと笑みを交わした時、背後の扉がノックされました。女王は素早くリールとその位置を変えて扉の方を向き先ほどとは打って変わって威厳のある声で言いました。
「誰だ」
「私にございます」
それは先ほどまでその場にいた大臣でした。女王はリールの方を見ました。リールは小さく頷き王座に座りなおしました。
「よし、入れ」
扉がゆっくりと開けられそこには頭を低くした大臣が立っていました。その後ろには一人の女が立ち、同じように頭を垂れています。
「どうしてもこの者がイヴ様にお会いしたいと……」
大臣はリールや女王の顔を見る事無く横にずれました。後ろに立っていた女がそのまま静々と入り口まで数歩歩きました。リールはその姿を見て息を呑み呟きました。
「サラ……」
その声で女はそっと顔を上げました。そしてその大きな瞳から大粒の涙をぽろぽろと零すのでした。
「ああ、ネーサ……いえ、イヴ様っ」
胸の前で組んだ手は小刻みに震えていました。リールは思わず立ち上がりドレスの裾をつまむ事もせずに走り寄りました。
「サラ、サラっ」
サラも許可を得ていないのに部屋に数歩入りこみその場でしゃがんでしまいました。女王は二人の様子を見てそっと兵士に目配せをしました。二人の兵士はそっと扉をまた閉めました。
「イヴ様っ……」
リールはサラに抱きつくとあやすように背を叩きました。
「いいよ、ネーサで。お母様に……」
リールの目が潤んでいきました。そしてサラは目の前にいる小さなイヴを抱きしめました。
「はい、はい。最後までお使いしたのは私です」
リールの目から涙が零れ落ち、サラの服に吸い込まれました。
「お母様は最後まで笑ってらした?」
震える声でそう呟くリールにサラが大きく頷きました。
「お父様は最後までお母様の側に居たの?」
「お母様とお父様以外のみんなは無事に逃げたの?」
リールは次々とサラにそう尋ね、その度にサラは頷きました。リールの目から止まる事の無い涙がいくつもいくつも流れ、その場にいた女王も目頭を熱くして俯きました。