どこにでもないちいさなおはなし-37
「恐れながら、申し上げます。…まずはルルビーの王より逃げることかと。彼は貴方の存在を知っています。きっと、イヴという名を追ってくるでしょう」
ネーサの体からマイラが離れます。
ネーサは俯いたまま、呟きました。
「でも公にはイヴは死んだことになるのね。…私は隠れて、逃げる」
「はい」
「……どこへ行けばいいの?」
「イヴ様の、行かれたい場所へ。行くべき場所へ。我々はその為に、今、お側にいるのです」
ジャックの言葉にマイラとマイティが頷きました。
ネーリアが残してくれた人を見て、ネーサは、やっと、少し笑ったのでした。
それから、数時間たった朝。
マイラは布団でまるくなって眠るイヴ・ネーサを、見つめていました。
狭い部屋、皆で布団を引いて雑魚寝をしようと言ったのはネーサでした。
マイティもティアンも、寝ているようでした。
もっともティアンは盗み聞きしていたのですが、部屋へ行こうという言葉に慌てて布団へ戻り狸寝入りをしていただけでした。
ジャックはマイラの隣で、薄めを開けて、マイラを見ていました。
「眠れないのか?」
唐突にマイラに小声で話し掛けます。
マイラは一瞬驚いたような表情を浮かべましたが、息を吐きながら頷きました。
「…そっくりだと、思って。あの時別れた姉上の顔に」
「イヴ・ネーリア様?」
ジャックの問いにマイラは小さく頷きました。
それからぽつりぽつりと言葉をつむぎます。
「姉上と私は、キメールの国のはずれの森に住んでいた。当時、姉上も私も少し異質な力を持っていたから、両親は、あえて人目を離れた場所で育ててくれていたんだと思うの。ある日、父が作ったブランコで二人遊んでいた時のこと…。金色の蝶が金色の風にのってたくさん、飛んできた。姉上と私は、それを見上げて、口をぽかんと、開けていた。そうしたら、その蝶の何匹かが姉上の周りを舞った。…今、思えば姉上はあの時、選ばれたのね」
マイラは目を閉じて、イヴ・ネーサの頭を優しく撫でます。
ジャックは何も言わずに、ただ、じっと、聞き入っていました。
「銀髪だった姉上の髪は瞬く間に金色に変わった。今でもはっきりと、その時のこと、覚えてるわ。そして目が変わったの。姉上の目じゃなかった。…もっと、高貴な人の目だった。私は思わず跪いた。恭しく頭をさげ、姉上の靴に口付けをした」
頭を撫でられたネーサは目の端から涙をこぼしはじめました。
マイラはそれを指で拭ってあげました。