どこにでもないちいさなおはなし-35
「そんなに欲しいなら、あげましょう。もうあなたが何処でこの本のありかを聞いたのかなんて、興味がありません。……そんなに未来が知りたいならば、自分でお読みなさい。そして絶望すればいい」
イヴはそっと左手で背に隠していた本を出し、王の足元へ投げた。
ばさり。
と、足元に落ちた本は、金色に弱弱しく光っていた。
王は本に手を伸ばしかけ、やめる。
「……本を取るのはお前を殺してからでも遅くない。オレは、世界の王になるんだ!」
王は剣を振りかざし、イヴに向かった。
その刃がイヴの体を捕らえるのに時間は掛からなかった。
肉を断つ音が室内に響く。
赤い鮮血が飛び散り、白い絹のついたてを汚した。
王は次いで青い髪の男に刃を向ける。
剣を振り降ろし、青い髪の男は頭をざくっと鈍い音を立てて割られた。
イヴは声を詰まらせて床に沈む。
笑みを浮かべ、濁りはじめた瞳で王を見る。
「……最後に教えてあげるわ。あなたは、たくさんの間違いをしている。イヴは、私じゃないわ。本当のイヴは、他に、いる……。未来はあなたに、読めない。本は主を待って閉じられる。……世界は本当に滅びるのよ」
ごふっと、血がイヴの赤い唇から吐かれた。
イヴの体は金色の小さな蝶に変わっていく。
蝶は傷口から次々に飛び出し、部屋中に溢れる。
それらはあっという間に数千の数になり、開かれた窓から空へ、飛び出した。
王は目を丸くして、それを見ていた。
最後のイヴの言葉に、ぞくりと背筋が凍った。
「……何、はったりを」
寒気を振り切るかのように、マントを翻し、室内を後にする。
「金色の蝶を追え!一匹残さず、殺すんだ」
兵士に怒鳴りつけるように、王は命じた。
時、同じくして、マイラの家のテーブルの上に置かれた小さな鏡は光を放ちました。
金色のまばゆい太陽のような光が満ちたかと思うと、鏡の中からさーっと小さな銀の鍵が出てきたのです。
リールは呆然とそれを見つめていましたが、目からは涙がどんどん溢れていきました。
少女の髪はどんどんと綺麗な金色になりました。
元からそうだったのが、磨きがかかったようでした。
リールは宙に浮いたままの鍵を見ながら、すべてを思い出していました。
あの日、ネーリアに言われた、あの言葉も。
意味も。
思い出して欲しかった、事実も。
大切なことも。
リールは、水を手で受けるように、両手を器にして銀の鍵の下に伸ばしました。
鍵はあるべき所へ戻るように、ぽとん、と、手の平に落ちました。
ジャックはいつもより真剣な顔をして、それを見ていました。
マイティは目頭を押さえていました。
マイラは顔を上げていられないほど、涙を流していました。
「みんな…知っていたの?」
リールが鍵を見つめたままぽつんと小さな声で、呟きました。
「みんな……、お母様が死ぬこと、知ってたの?」
三人は押し黙っていました。
三人の額にはキラキラ光る輝石が肉を割って出てきていました。
額から流れる金色の血が目の端を通って頬の下へ落ちていきました。
まるで泣いているようでした。