どこにでもないちいさなおはなし-33
「ネーサ。母は、本当に貴方を愛してます。……だから、ごめんね」
ネーリアはきれいなその顔を曇らせた。
テーブルの下の手は小刻みに震えていた。
「どうして謝るの?お母様は何もしてないわ」
「……今から、するのよ」
ネーサは身構える。
目を大きく見開いて。
「心に、思い出して欲しいこと刻んでおくわ。だから、全てを思い出したときに、一緒に思い出して」
ネーリアは目に大粒の涙を溜めながら、娘の頭に片手を乗せた。
ネーサは見た。
その人差し指についていた指輪が青く光っていたのを。
そして知っていた。
青く光っている時は、母が、魔術を使う時だと。
「……さよなら、ネーサ。愛してるわ」
小さな母の優しい声がそうネーサの耳に聞こえた次の瞬間。
世界が暗くなった。
「リール。落ち着きなさいな」
マイラはまるで母親のように、注意し、ビスケットのかけらがこぼれたテーブルを拭いた。
「…ごめんなさい。でも、うれしくて。ティアンもおきていたら、どんなに良かったか」
「…そうね」
マイラは微笑んで答えます。
マイティとジャックはひじをついて、リールを見ていました。
「なぁ、リール」
口を開いたのはマイティでした。
リールは顔を向けます。
「なに?」と、聞くより早く、マイティは言葉を続けました。
「鏡、見せてくれよ」
リールはびっくりしました。
そしてポケットに手を突っ込んでガチャガチャと音をたてながら鏡を探します。
「どうして、知ってるの?鏡。マイティの?」
やっと探し当てた鏡をテーブルの上に出して、答えます。
鏡面は赤く光っていました。
リールはびっくりして、瞬きを繰り返します。
「あれ?この前は普通の鏡だったのに」
ジャックとマイティとマイラは息を呑みました。
窓の外はますます夜なのに赤くなりました。
月はあっという間に雲に隠されて見えなくなっていました。
リールは窓の外を見て、鏡を見ました。
「ね、おんなじ色ね。…何か、知ってるの?」
三人は目をそらすように、お茶を見つめました。
「…もうすぐ、わかるよ」
ジャックは低い声で言いました。
「鏡をじっと見ているんだ。目を逸らしてはだめだよ」
マイティが口早に、言いました。
時はすぐそこまで迫っていました。