どこにでもないちいさなおはなし-32
ティアンはぜんぜん目を覚ましませんでした。
ジャックの馬に揺られている間も、マイラの店に着いたときも。
リールは不安になり、泣きそうな顔でじっとティアンを見ていましたが、ジャックの大丈夫という言葉を信じることにしました。
マイラの店の扉を開けると、中には薄茶色のウサギ耳の男が立っていました。
「マイティっ!!!」
リールは走りよって飛びつきました。
マイティはがっと子供にする「たかいたかい」のようにリールを上に抱き上げました。
「よー、おてんば娘。元気だったかい?」
「元気よ。いろいろあったの。マイティも一緒にいたら、よかったのに」
マイラとジャックは二人を見ながら、入ってきた扉の鍵をしめました。
それから抱いていたティアンを奥の部屋へ寝かせに行きました。
「マイティもマイラとお友達なの?」
リールはにこにこしながら、マイティの耳を撫でて、言いました。
その言葉を聞いて、マイティは少し寂しげな顔をしました。
けれどすぐそれは戻って、大きく頷きました。
「前にも言ったろう?オレは誰とでも友達なのさ。……聞いてごらん、色んな人に。マイティを知ってるかい?って。誰でもみーんな知ってるって答えるさ」
ふわふわの毛の耳がひょこひょこ動いてリールの頬を撫でました。
リールはきゃぁきゃぁと喜びました。
店の奥の部屋からマイラが呼びます。
「ほーら、二人とも。いつまでそんなとこいるんだい?お茶にしよう」
マイティはリールを肩車しました。
リールはマイティの耳にしっかりとつかまります。
「はーい」
二人はマイラに大きな声で返事をしました。
「ネーサ。これからする話。思い出してね」
それは運命を決めたあの日。
最初から分かっていたあの日だった。
あの定例会議の日。
ルルビーの王がイヴの存在に異議を唱え、異種族間共存法を提案した日。
その日の夜だった。
イヴ・ネーリアはいつものように自室へネーサを呼び、銀の椅子に座らせて、真剣な顔をして、そう告げた。
二人が顔を合わせるのはずいぶんと久しぶりで、ネーサは内心うれしかったのだけれど、いつもと違う母の様子に不安を覚えた。
「いつ?いつ、私は思い出せばいいの?」
「いつか。……決まった時に、思い出せるわ」
「本当に?」
「えぇ」
「……何を思い出すの?」
「大切なことよ」
母と娘はじっとそこで言葉を切り見つめあった。
ネーサは胸がきゅっと寂しくなるのを感じた。
なぜだか、分からないけれど。