どこにでもないちいさなおはなし-31
「誰もいません!!」
ルルビーの兵士の一人が声を荒げてジュリアス・ドイルに告げた。
ジュリアスは馬の上から兵士の一人を見下ろし、眉を少し動かし、一呼吸おいた。
「……何?本当か?お前が私をはめようとしているのならば、今なら、まだ、助けてやらんこともないぞ?」
ルルビーの兵士の一人はぶるぶると首を振った。
「違います、本当に誰も居ないんです。キメールは蛻の殻です」
ジュリアス・ドイルは小さく舌打ちをすると馬の腹を蹴った。
「行くぞ!イヴも逃げたのならば、早く追わねばなるまい!」
何千、何万という馬が、人が、異種族が、低い声をあげて、それについていく。
山肌に声が反響した。
キメールの国はもう眼と鼻の先にあった。
「……」
ジャックはリールを抱えたままそっと東の空の赤い色を見ていました。
自然と表情は強張り、リールを抱く手に力が入りました。
リールは立ち止まったままのジャックが力をこめたので、不安そうな顔をして、聞きました。
「おじさま、どうしたの?」
ジャックはその声にゆっくりとリールを見ました。
それはいつもの優しい顔でした。
「何でもないよ。マイラの店に行こう。マイティも着いているころだ。マイティは覚えてるかな?ウサギのお兄さんだよ」
「覚えてるわ。茶色のお耳なの」
リールはジャックの顔をみて安心し、マイティの名にうれしそうに笑った。
イヴ・ネーリアは司書室の机で本を見つめた。
「こんな本、なければよかったね」
側に立つ青い髪の浅黒い男は、小さく頷いた。
「そうだな。でも、その本がなかったら、私は君と会えなかった」
ネーリアの頬に涙がこぼれた。
一筋だけ、すーっと。
「……そうね。私、貴方を愛してるわ。今も。昔も。最初から決められていた相手だったけれど。でも、貴方だけは側に居てくれたから。いつも。私の味方をしてくれたから。イヴという存在で見ないでいてくれたから。……本当に愛してるわ」
語調は後になればなるほど、荒くなり、声が鼻に掛かった音色になった。
ネーリアは初めて泣いた。
こんな事態になって、初めて。
青い髪の男はネーリアを強く抱きしめずにはいられなかった。
男の肩でネーリアはわあわあと泣いた。
男は背中をあやすように優しく叩き、ネーリアの頬に何度も口付けをした。
それから、しばらくして、落ち着いたネーリアは、男に抱かれたまま自室へと戻った。