どこにでもないちいさなおはなし-30
「犠牲は少ないほうが、いいわ」
東の空をじっと眺めてイヴ・ネーリアは言った。
真っ赤に染まった空には不吉な雲がいくつも浮かんでいた。
「ですが!!」
侍女はネーリアに詰め寄るように寄った。
側に立っていた青い髪の男は首を振ってそれを制止する。
「いいのよ、サラ、貴方も行って。今なら間に合うわ。メリーガーデンは良い所よ」
振り返ったイヴ・ネーリアは笑っていた。
侍女の目から涙がこぼれ落ちる。
「イヴ様……っ」
両手で顔を覆う侍女。
その背をそっと部屋の外にいた兵士が抱きかかえる。
「つれていって?最後の命令よ。……二人とも元気で」
兵士は頷いた。
キメールの国は大混乱に陥っていた。
それは昼すぎにイヴが予言した言葉が原因だった。
その言葉は次の通りだった。
「明日この国は滅びます。なぜならルルビーとラーや多くの国々がこの国を攻めてくるからです。これは避けられないのです。彼らの狙いは私でしょう。国民よ、この国をお捨てなさい。私はそれを望んでいるのです。……大丈夫、私は死にません」
動揺と言葉はあっという間に広がった。
もちろん、兵士や男の中には逃げるよりイヴを、国を守りたいと言い出す者が続出した。
けれどイヴはそれを退けた。
イヴの言葉は絶対だった。
国民は涙が枯れる勢いで泣いた。
叫び、祈った。
イヴは部屋に閉じこもったまま、出なかった。
伴侶である青い髪の浅黒い肌の男と共に。
議会は機能的に動いた。
あるだけの船を動かし、乗れるだけ人を乗せた。
唯一、大国の中でルルビーを支持しなかったメリーガーデンはイヴの声に応えて船を出した。
国民は続々と国外へ排出された。
あれだけ栄えていたキメールの国は、今や廃墟同然だった。
誰もいなくなってから、イヴは青い髪の男性と共にあの本を取りに行った。
もう、時間はあまり残っていなかった。