どこにでもないちいさなおはなし-29
「どうして、かしらね。もう少し大きくなったらネーサにも、わかるわ」
またその白い優しい手でネーサの頭を撫でて、ネーリアは言った。
「うん。わかった」
素直に納得した娘に安心したように笑みを向ける。
それから「あっ」と、思い出したように、声をあげた。
「ネーサ。私たちだけじゃないのよ。他にもマイラとジャックとマイティも一緒なの。みんなリズムがゆっくりなの。ネーサはマイラとジャックとマイティは嫌い?」
ネーサは首を大きく左右に何度も振る。
それからうんと明るくうれしそうに笑ってから、言った。
「ううん。だいすき。マイラお姉さまも、ジャックおじさまも、マイティも。だって、みんな優しいもん」
ネーリアはまた、ほっとした表情を浮かべる。
「よかった……。三人はきっとネーサの力になってくれるわ。だから嫌われないようにしてね」
「うんっ」
涙の痕をネーリアは絹の衣服の袖でそっと拭った。
外は夕暮れのオレンジだった。
「おじさま!!おじさま!!!」
リールはしゃがみこんでいるジャックに抱きついて、わあわあと泣きました。
喉が痛くて声なんて出ないと思っていたのに、泣き声はどんどんと大きくなりました。
「遅くなって、ごめんな」
ジャックは優しく誇りまみれのリールを抱き上げてぽんぽんとあやすように背中を叩きました。
実はリールも本当はティアンと同じように段々と思い出していました。
けれど、はっきりと思い出せてたわけではありませんでした。
それがジャックに会い、瞬間的に思い出したのでした。
「よく思い出したな。よかったよ、誰?って、言われなくて」
まだべしょべしょと泣いてはいましたが、幾分落ち着いてリールはしゃっくりを上げています。
「おじさまの顔を見たら、思い出したの。全部じゃないけど、いっぱい。私……」
必死に何かを言おうとしたリールの口をジャックは人差し指で止めます。
そして首を振りました。
リールはこくんと小さく頷きました。
「もうすぐ全部思い出すよ。それまでは、何も知らない方がいい。……マイラの事も思い出したかい?」
リールは首を傾げました。
「どうしておじさまがマイラを知ってるの?」
ジャックは何かを考えこむような顔をしてからにっと笑いました。
「どうしてかな?それももうすぐわかるよ。さぁ、行こう。表でカエルくんが待っている」
「ティアン!ティアンねっ!」
リールははっと青ざめて回りを見てから言いました。
すっかり忘れていて、困った顔をしました。
「そうか。彼はティアンと言うんだね」
ジャックはふぅんと、小さく唸ります。
リールはジャックの耳に手を当てて小声で言いました。
「……おじさま、ティアンに内緒にしてて。私、ティアンの事すっかり忘れてたの」
ジャックは一瞬の間を置いてから声をあげて笑いました。
それからひとつ頷くと足早に死臭がする酒場を後にしました。