どこにでもないちいさなおはなし-28
「お前はっジャック……パー……」
言葉を最後までつなげることなく、魔導師はごふっと血を吐いて倒れました。
店内のいたる所で同じように男たちが倒れていきました。
あたりは噴出した血の生臭い鉄の匂いで溢れました。
ジャックは呪いの言葉をまた呟きました。
すると倒れた男たちの口や鼻から灰色の精霊が集まり、また、腕輪へと戻りました。
「出ておいで。もう、平気だから」
ジャックは手前に倒れている男のマントを指でつまんで持ち上げ、中を見ました。
リールは涙でべしょべしょの顔をしながら、男を見て、思わず叫びました。
「ジャックおじさま!!」
キメール・ド・イヴの最上階。
イヴの自室で、木製のシンプルな揺り椅子に座ったイヴ・ネーリアは幼い娘を膝に乗せ、泣きじゃくる娘の頭を撫でていた。
「どうして、どうして?みんなはもう大きくなっているのに、ネーサだけいつまでも小さいの。みんなが一緒に遊んでくれないの。おかあさま、どうして?どうして?」
もうずいぶんと泣いているらしく、頬には涙の筋がくっきりとついていた。
「……そうね。それは、ネーサが私の子供で、イヴになるからよ」
子供だからと誤魔化したりせずネーリアは伝える。
ネーサはしゃっくりを繰り返しながら、顔を上げてネーリアを見つめた。
「イヴ?おかあさまじゃ、ないの?」
「今は私がやっているの。でも、私が死んだら、貴方がなるのよ」
ネーサは目を細めた。
涙がぽろんと、零れ落ちる。
「いやだよ。おかあさまが居なくなったら、ネーサ、寂しいもん」
ぎゅっと抱きつく小さな手は案外力強く、ネーリアの腕はつかまれて赤くなる。
「今すぐじゃないのよ。でも、いずれは、私たちも老いるわ。ネーサだって生まれた時は本当にちっちゃかったけれど、今は、もう、一人で歩けるようになったでしょう?」
「うん。ネーサ、もう、一人で寝れるよ」
「そうね。だから、他の人とは生きていくリズムが違うの。私たちはとてもゆっくりのリズムなの。……わかる?」
「うん。ちょっとだけ。……でも、そうしたら、みんながかわいそう。みんなはどうしてゆっくりじゃないの?」
涙が止まったネーサは、じっと、それでもネーリアの顔を見たまま尋ねた。
ネーリアは困ったような顔をして、しばらく黙っている。
ネーサはじっとその間も待っていた。