どこにでもないちいさなおはなし-2
「僕も、実は、どこから来たか覚えてないんだよ」
「カエルさんも、覚えてないの」
すっかり二人は落ちこんで、アマガエルがぽちゃんと、蓮の葉の一枚から小さな池に飛びこむのを、ぼんやりと眺めていました。
「ここはどこだか分からないし。これから、どうしたらいいのかしら」
少女は金のくりくりとカールした毛を風が揺らすのを感じて、顔をあげカエルにそう聞きました。
「僕なら、だけど」
カエルはしばらく考えてからこう口を開き少女が頷くのを待ってから、続けます。
「僕なら、だけど。きっと、この場から歩いて動くかも、しれない」
小さな湿った黒い瞳は少女の方をまっすぐと見つめていました。
「どうして?」
少女はカエルを見返して、同じくらい黒い瞳で言いました。
「夜になったら寒いかもしれない。雨が降ってくるかもしれない。そうしたら僕の上着も濡れてしまうし、君も濡れるだろう」
カエルは身振り手振りを加えて、一生懸命話し。
少女はいちいちその言葉に頷きました。
あたりは段々と夕暮れの色を帯びて。
何時の間にか池のアマガエルやアメンボも姿を消していました。
水蓮は花を惜しむように閉じはじめ。
辺りの淡い色の花々は夜露を含んで重そうに見えます。
「急ごう」
カエルは大木から飛び降り、柔らかい芝に足をつけました。
振りかえり、そっと、少女に手を伸ばします。
少女は何か考えるようにしていましたが、最初のホタル茸に光りが灯ると、何かを振り切るように、飛び降り上等な上着を着たカエルの手を取ったのでした。
「そうしてあの有名な冒険家ジャック・パーンはこの世界の端から端まで歩いて、壁があることに気づいたんだ。この世界は壁があって、それは円形をしているって、ね。つまりさ。ここからが重要なんだよ。数限りないと思われていた水も、土も、緑も。この世界には限りがあって。それは、もしかしたら、果てしなく少ないかもしれないんだ。
だから、分かるかい、奥さん。いずれあの大食らいのモグリーン族が総出で水を飲んだらなくなってしまうかもしれないってことさぁ」
暖色系のほのかなオレンジがかった灯りが漏れる大都市グリーンパーク一番の酒場「オレンジグリーン亭」ではこんなハッタリ混じりの饒舌が毎晩繰り広げられていた。
もちろん、毎晩話すのは、口から産まれたってもっぱらの噂のマイティ・マイティで。
長い薄茶に汚れた兎耳が何よりの特徴で。
毎晩毎晩ツケで飲んじゃ喉が枯れるまで話しつづけた。
彼の話しを聞くために果ては遠いモロッコスの村からもお客が来るってんで、ある種、グリーンパーク一の有名人だった。