どこにでもないちいさなおはなし-18
上等な上着を着たカエルとあかむらさきのワンピースを着た少女は目配せをしてから、口を開きます。
まずは上等な上着を着たカエルの方でした。
「僕は……、僕は、ティアン」
最後の名前が小さくなってしまったのは、下を向いてしまったからでした。
少し顔が赤くなっているようでした。
それから、マイラをちらちらと見ていたあかむらさきのワンピースの少女も小さく口を開きました。
「私、リール。ティ……ティアンが考えたの」
なんだかくすぐったいような気持ちになって、早口になってしまいました。
リールとティアンは、また目配せをして、くすくすと笑いました。
マイラはそんな様子を見て、また、笑みを一層深め、机の一番上の引き出しを開けました。
長い指でそっと茶色の封筒を出すと、二人にひとつずつ手渡します。
「おめでとう。いい名前じゃないかい。これは、あたしからのサービス。最後の、だよ」
焼けたばかりのパンのような匂いがする封筒を二人は咄嗟につないだ手を離して両手で受け取りました。
訊ねようと口を開きかけた二人を、マイラは首を振って止め、シャランと立ち上がり奥へ行こうとしました。
「店じまいだよ。気をつけてお行き」
振り返って笑った顔はどこか懐かしい顔でした。
そしてとても自然にマイラは店の奥へ続く扉を開けました。
ふわんと自身の残り香を残し、扉は閉まりました。
二人はぽーっとそれに見とれてしまいました。
気づいた時には扉には鍵がかかっていました。
二人は寂しくなって、扉をドンドン叩きましたが、何も返ってきませんでした。
店内の明かりもだんだんと弱く、暗くなっていきます。
消えかけたオレンジ色に照らされながらマイラの店の前で、二人は茶色の封筒をぎゅっと自然と握りしめていました。
二人はまた、二人だけになりました。
「ねぇっ、マイティったら、何をそんなに急いでるの」
桃色の巻き毛の17歳ほどの少女が年齢に似つかわしくない派手な胸を強調するドレスを着て酒場の2階への階段で叫んだ。
腰に手を当て、眉はキュっと吊り上っている。
「あたいと結婚してくれる約束はどーすんのよっ」
ダンダンと、ものすごい音を立てて階段を上ってくる。
開いたままのドアに立ちふさがり、中を睨みつける少女。
その奥にいるマイティは相変わらずの汚いウサギ耳をひょこひょこ忙しなく動かし、ぼろぼろの鞄に着替えやコンパスを詰めていた。
「マイティっ、聞いてる?!」
ダン、と、床に右足を叩きつける。
今ごろ下の酒場ではチラチラと天井にたまった埃が舞っているころだろう。