どこにでもないちいさなおはなし-15
「あたしの名前はね、マンダリン・ライラって、言うんだ。まぁ、本当はもうちょっと長いんだけどね。これでも長いから、もっと縮めて、みんなはマイラって呼ぶもんさ。」
長い銀髪の女性は今更だけどね、と、付け加えながら、言います。
上等な上着を着たカエルと少女はパンをちぎる手を止めてしましました。
それからまた落ちこんだような顔をして、困ったように言うのでした。
「私たち、名前もないわ」
少女は溜息をつきました。
上等な上着を着たカエルも溜息をつきます。
「ああ、そうだったねぇ。じゃあ、名前を考えたらいいじゃないか。あの部屋を使っていいから、まぁ、ゆっくり考えな。何かと名前がないと不便だからねぇ」
取っ手のない木で出来たカップのような器から茶色のスープを口元まで運んで口にしながら長い銀髪の女性は言いました。
「ついでに二人でどうするのかも考えればいいさ。わかんないことがあれば聞けばいいんだからね」
にっと笑って器を置きます。
上等な上着を着たカエルと少女は同時に頷きました。
長い銀髪の女性は食器を重ねて二本の棒をその上に横に乗せ、また、両手を合わせてごちそうさまと言いました。
金色に輝く綿飴のような宮殿の一番上の窓には白い半透明の柔らかな布のカーテンが、風を受けていた。
侍女を下げたイヴ・ネーリアは上等な絹を張った長椅子の上で姿勢を崩してぼんやりと考え事をしていた。
だから最初は気づかなかった。
窓のその白い半透明な柔らかい布のカーテンに、金色の蝶が引っ掛かっている事に。
ふと目を開けてそれを見つけた時、思わず、駆け寄った。
そして大切そうにそれをカーテンから取ると、ゆっくりと口付けをした。
蝶はひらひらと一度両手の中から離れて宙を舞い、イヴ・ネーリアの頭上を一回りしてから、両手に収まった。
一枚の白い紙になって。
書き記された文章を目で追って、イヴ・ネーリアは、ほろりと涙を流した。
肩を小刻みに震わせて泣いた。
紙には、こう記してあった。
「親愛なる姉君。
貴方の愛娘殿は無事にあたしの元にいらっしゃいました。
小さなカエル君も無事です。
貴方が考えたこの試みが上手く行く事を願っています。
いつも心は貴方の元に。
マンダリン・ライラ」
上等な上着を着たカエルと、あかむらさきのワンピースを着た少女は小さな部屋で大きな紙を真中に向き合ったまま、じっと、お互いを見つめていました。
たまにはにかんだように笑い、たまに困ったように笑いました。