2・姉と不機嫌と前の穴-1
私は事務所の休憩所で、考え事をしていた。
忙しい日常でごく僅かしかない至福の時間なんだけど、仕事の事で頭がパンクしそうだ。
正確に言うと、仕事というよりは雅の事を考えているんだけど。
楽屋に私と2人の時はとにかく奔放で、家にいるのと同じ様に過ごしている。
でも、仕事はちゃんとしているし、ボイストレーニング等もきちんと真面目にやっているのだ。
先生は結構厳しくて、近くで聞いているとたまにそこまで言わなくても、と思う様な厳しい指導をする事もある。
なのに、あの子は私の前では弱音どころか、辛そうな表情ひとつ見せない。
いつも、変わらない。
だけど・・・・
私の体を要求するのはどうしてだろう。
やられている時はいつも、雅はどこかの部分が狂っていると思う。
それでも、普段の私やスタッフに甘える姿を見ていると、あんな無邪気な中に悪魔が棲んでいる事が信じられなくなるのだ。
「まーりな♪黄昏ちゃってどうしたよ?」
声が聞こえた瞬間、私は椅子からお尻を浮かせ飛び跳ねていた。
直ぐ様振り向くと、あの人が空をつかんでこけている。
「あららら、相変わらずいいステップだな。プロボクサーも真っ青だぜ」
「なんか用?日比野君」
彼は一応、私の同期。
上司からは詐欺師みたいな顔と呼ばれている。
とにかく軽薄で適当で、口で生きている様な男の人だ。
たまに話すけど、正直言って好きになれる様なタイプの人間じゃない。
「日比野君なんて堅苦しい呼び方はよせよ。気軽にハイエナ様とよびたまえ」
せっかくの休憩時間を潰されたくないので、不本意だけど場所を変えようとした。
でも、日比野君はしつこく私を呼び止めてくる。
「こらこら、待ちなさい萩原君。俺に話し掛けられてなびかない女はいないんだぞ」
「ごめん、そういう気分じゃないの。まあ普段もわざわざ君なんかとは話したくないけどね」
「ふっ、誰でも最初はそう言うんだ。しかしまりなは全く脈が無さそうだな」
もう、面倒だな。ただでさえ今は考え事してるのに。
大体・・・本命がいるくせになんで他の子を口説くのかしら。付き合ってる子がいながら、何考えてるんだろう。
「鼻なんか伸ばして、栞菜ちゃんに見付かったら怒られるよ」
「あいつは俺の性格をよく分かってるから大丈夫さ。それに、今日は午後から仕事だからな」
分かってる、か。
確かに言われてみればそうかもしれない。
この人がどういう人間なのかちゃんと分かってなかったら、長く付き合ってないよね。
いや、ただ分かるだけじゃなくそれを補える忍耐が必要かな。