幼年編 最終話 別離-1
幼年編 最終話 別離
ラインハットの王、チップ・ラインハルトとパパスは旧知の間柄であり、前の后であるミリア・ラインハルトとの結婚式にも招かれていた。
そのミリアが子を残して病没した後、リョカを連れて城を訪れたこともある。互いに同い年の子を持つ父として、また若干の差異はあるものの、奇しくも似た不幸な境遇を慰めあったものだ。
「陛下、パパス殿をお呼びいたしました……」
病室と思しきドアを前に、兵士がそう告げる。
「どうぞ……」
すると中から女の声がした。チップは前后が無くなったあと、同じ頃に子を授かった側室を后に迎えたと聞いており、今も傍で看病しているのだろうと察する。
「それでは失礼する」
パパスは軽くノックをしてからドアを開き、そして天蓋付きのベッドへと歩み寄る。
ふと気付く。
何か臭いと。
部屋中に篭る御香の臭い。それは気分転換などと呼べるものではなく、何かを誤魔化すためのものに感じられる。
「よくお越しいただきました。パパス殿。チップも喜んでおりますわ……」
そう言って出迎えてくれたのは、二十そこそこのうら若き女性。
白を基調としたドレスは、身体のラインを現し、女性としての象徴とでもいうべき胸元が大きく誇張されており、その隙間にラインハットの紋章入りのペンダントが飾られている。
カールした金の髪を軽くとめる黄金のティアラ。それほど富めるというわけでもないラインハットにおいてその装飾はたとえ王族とはいえ贅沢といえるもの。
にこやかな笑顔だが、やや上がり気味の瞳がその気の強さをうかがわせ、不自然に赤い唇は生々しく艶やか。とても看病をかってでる婦人のいでたちとは思えなかった。
「チップはなんでもお二人でお話しがあるとのこと、私、お暇しますわね……」
「そうですか……」
たいした挨拶もなく后はパパスの脇をすり抜けると、そそくさと部屋を出る。
「ふむ……」
その慌しさにも何かきな臭さを感じるパパス。だが、一番のそれは、この部屋に微かにある臭い。死臭だ。
旅の途中、リョカの目にこそ触れさせないよう気をつけていたが、何度か潜り抜けてきた。問題は何故、この部屋にそれがあるのかということ、そして、先ほどから一言もしゃべらない古い友人についても……。
「チップ王……、チップ!!」
布団に触れた時に感じた。パパスはそれを剥ぎ、愕然とする。
「なんと……痛ましい……」
布団に覆われていたのは腐乱を始めてしばらくした先王の死体だった。
胸には深く銀の剣が刺さっており、目は大きく見開かれたままだった。
「チップよ、安らかに……」
パパスは亡き友にせめて死後の安らぎをと瞼を閉じ、印を組む。
「光の精霊よ、我が友を主の元へと送りたまえ、ニフラーヤ……」
パパスの詠唱の後、窓を透過して集まり始めた光の精霊が、無残に朽ちかけたチップの身体にまとわり付き、黒い霧を発散させる。
ニフラーヤは死後、弔うことも荼毘にふされることもないモノが悪霊に魅入られた際に、それを祓う禊の魔法である。もしそれを行わないと、生きる屍となり、現世を彷徨い始めることもある。とりわけ高貴な身分のものは悪霊も好み、その危険性が高いのだ。
「パパス殿? どうかなされましたか?」
タイミングを見計らったかのようにノックなしで開けられるドア。その角度からでは天蓋のおかげでチップの姿は見えないのだが、
「だ、だれか! 王が、チップ王が殺された!」
弔いもせず悪霊に夫を晒していた女が喚くと、直ぐに衛兵達がやってくる。
「ちぃ、罠か!」
パパスは舌打ちしながら窓へと走り、そのまま飛び出す。
ガラスの破裂音の数秒後に地面に転げるパパス。生傷に回復魔法を唱える暇もなく、目指す先は……。