幼年編 最終話 別離-5
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壁に耳をつけながら中の様子を伺う二人。中からは気味の悪い男の声とデールの声が聞こえ、今回のおおよその因果がわかる。
「……なるほどな、アルミナ義母様か……」
「アルミナ?」
「うむ、デールの母だ。俺の義理の母でもある。女狐だとは思っていたが、まさかここまでだいそれたことをしようとはな……」
話の内容から察するにすでに父は廃されており、その後継を継ぐべく第一王子であるヘンリーを誘拐し、おそらくは父と同じ運命にあわせる算段なのだろう。
「ひとまずデールの安全は確保できるわけか……。だが、およそのことを知ってしまった俺とリョカは追われる身……か」
デールの安泰に一息つくヘンリー。自らは王位どころか命の危険が迫っているというのに、不安が見えない。
「となれば俺も流浪の身分か……。そのときは世話になるかもな、リョカよ」
等身大の笑顔を浮かべるヘンリー。もしかしたら彼は王族という身分を……。
「ヘンリー、こんなときに何を……」
ここ二日程度の付き合いでしかないが、自信を喪失しかけている彼が酷く小さく見え、リョカは思わず彼の肩を掴む。
「冗談だ。俺はラインハット国をより豊かな国にする責任があるのだからな……。それよりデールを救出するぞ」
ヘンリーは小屋のドアノブに鞭を掛け、リョカと共にデールに近い窓枠へと移動する。リョカは素早く印を組み、窓の鍵を開ける。
「ほお、そんな魔法まで使えるのか……。これは困ったな。引き出しの奥も安全ではないぞ」
おどけてみせるヘンリーに「そんなことしません」と抗議するリョカ。
まずはヘンリーがドアを引き、中の者の注意を逸らす。
リョカは窓をこっそりと開け、デールとアイコンタクトを取る。
デールはリョカの姿に驚いた様子だが、すぐに平静を装う。彼は縛られておらず、そのまま窓枠へと歩み寄る。
「リョカさん、兄上は?」
「ヘンリーも一緒にいます。さ、一緒に逃げましょう」
「ですが、僕では足手まといになります。それに、彼らは二人を無事に帰すつもりはないでしょう。まだ気付かれていないうちに早く……」
渋るデールだが、ヘンリーに比べて一回り体躯の小さい彼に脱出劇は困難だろう。
「……デール、何をしている、早く逃げるぞ!」
ドアでの陽動を終えたヘンリーが戻ってきて、弟の頭をこつんと叩く。
「お前は俺の子分なのだ。こんな黴臭い場所に一人おいていけるか、ばか者が」
「兄上」
その言葉に意を決したデールは窓枠をよじ登り、小屋を出る。
「いくぞ!」
まだ中に居た者は気付いていないようだが、ドアノブが捻られる音がする。
「風でしょうかね? ほほほ……? デール様? カクレンボならお暇なときに……」
もぬけの殻と成した部屋で男はしばし鬼の役を演じていた。