幼年編 最終話 別離-3
部屋から廊下に出ると松明が設置されており、歩く程度には支障が無かった。
驚くべきは壁にいくつもある模様。大半は繰り返しであったが、それには見覚えがある。
――古代文字かな?
魔法の練習もしていたリョカは、古代文字を目にすることが多い。多少ならパパスやサンチョも知識としてもっており、訳してくれた。壁の文字の詳しい内容こそわからないが、それは何かを諌める文句が読めた。
『悲しみに暮れる者、讒言にすがり、そして道を踏み外した』
それが何を表すのかわからずにしばし悩むも、そんな場合ではないと思い直り、明かりを辿って移動する。
しばらく進むと広い場所に出た。
まるで小さな町のような造りで、小屋がいくつか見える。
――どこかにヘンリーも居るのかな?
リョカは目を瞑り耳を澄ますが、キーんと耳鳴りがするぐらい。
――近くの部屋から見てみよう……。
とりあえず直ぐに入れそうな小屋へと走った。
++−−++
薄暗い中、目が覚めた。額に水が滴り落ちていたおかげだろう。
松明の火が揺れるのがわかる。ぼやけていた視界もまた定まり始める。
「お目覚めかい? 王子様」
聞き覚えのある声がした。先ほど不覚を取った相手の声と知ると、ヘンリーは立ち上がり、腰を探る。しかし、常に装備しているはずのうろこの鞭はない。
「危ないおもちゃはほれ、ここに……」
声の方に振り返ると、女が鞭を掴んでいた。
「くっ……」
劣勢を知るヘンリーは無意味に騒ぐことはしなかった。そして、
「ほーら!」
頬を掠める鞭の先端にも、やはり騒ぐことをしなかった……。
**――**
何か音がした。空を切る音だった。それには聞き覚えがある。あれは初めてヘンリーに出会ったときのこと、焼き鳥屋の列に横入りした男を咎めようとしたときのこと。
――違う?
だがよくよく耳を澄ますと、そのキレが違うことに気付く。そして、今この場所で鞭を振るわれる対象が誰であるかを考えると、リョカの足はすぐさま音を辿っていた。
++−−++
「へぇ、王子様、がんばるじゃないか……。これが生娘ならとうにお漏らしして許しを請うてるよ?」
女の操る鞭を受けていたヘンリー。彼の衣服はところどころ破けており、血が赤く滲んでいた。
だが、彼もただそれを受けていただけではない。できるだけインパクトの瞬間にならないように鞭の軌道(この場合は女の手でそれを把握している)に合わせてダメージを減らしていた。
「くっ……」
とはいえそれは蓄積しており、拷問が始まってから初めて膝を着く。
「ふふん、ガキがいきがるなっての!」
容赦なく振り下ろされる鞭。ヘンリーはそれを肩で受けつつ、苦悶の表情になる。
「さっきから生意気だね。あんたのその顔見てるといらいらしてくるよ」
女は鞭を構えると、ヘンリーの顔に向かって再び鞭を振るう……が、
「……!?」
振るわれた鞭は飛び出したブーメランに絡みつき、軌道がおかしくなる。
「なっ……!? 誰だ!?」
驚く女はブーメランの投げられた方を向くが、次の瞬間襲ってきたのは弱いながらも真空魔法。反射的に顔を庇おうと両腕を構えるが、弱い指先を掠めたとき、痛みでそれを離してしまう。
「しまった!」
手繰り寄せられる鞭を見て女は叫ぶが、そこには生意気なガキがしっかりと鞭を携えており……、
「女、世話になったな……」
床を二三度叩くと、それはごうごうと音を立てて……。