幼年編 最終話 別離-2
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「おーい、おっさん! おっさん!」
宿に戻ったパパスに一番に声を掛けたのは緑の羽根トカゲ。一瞬なにものかと目を疑うパパスだが、人語を話す羽根トカゲがそう居るはずもないと気付く。
「お主は確か……リョカの? すまないがリョカはどこだ? いますぐここを起つ必要がある」
「それが、坊主がさらわれたで!」
「なんだと!?」
「ガロンが一緒にあそんどった坊主……えと、ヘンリーの着てたマントのこれ見つけてな!」
シドレーは手にしていた緑の紋章入りのブローチを渡す。
「ヘンリー? まさか王子の身にも何かがあったのか? というか、リョカが王子と?」
予期せぬ交友範囲に混乱するパパス。
「そんなんあとでええねん。それよか早よ行くで! 俺も臭い追えるけど、風噴いたらアウトや」
「そうか、頼む!」
パパスは息子の奇妙な友人に感謝をしていた……。
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麻袋に詰め込まれたリョカは、馬車に揺られること数時間、暗い場所に移された。
黴臭く、湿っぽく、肌寒い感じがする場所。当然ながら見当もつかない。
――どうしよう。ヘンリーは大丈夫かな? デールさんも……。いやいや、おちつけ、今は焦ってもしょうがない。
ひとまず落ち着かせようとダンスニードルの数を数えるリョカ。脳裏ではサボテン達が互いの棘を痛がるコミカルなものが浮かぶ。
――さてと、まずは……。
周囲に人がいないか意識を研ぎ澄ます。
足音は無い。衣擦れ、呼吸も聞こえない。たまに雨音がする程度。
「風の精霊よ……、バギ……!」
リョカはせわしなく印を組むと、真空呪文を詠唱する。
自分ごと巻き込む真空刃だが、この状況で集められる風の精霊は乏しく、せいぜい服が破かれる程度。ただ、麻袋も同じく破れ、リョカは開いた穴から腕を出し、びりびりと破く。丈夫ではあるが、繊維の方向には弱く、すぐに出られた。
「ふぅ……。ここは一体……」
リョカの押し込められた部屋こそ暗がりであったが、隣の部屋からドアを縁取って明かりが漏れている。
「誰かいるかな……?」
リョカは静かにドアに忍び寄り、そっと隙間から外を見た。しかし、リョカの心配は他所に誰も居ない。
――誰も居ない……。
よく考えてみれば一緒にさらわれたのはこの国の王子。それを知らないとしても、その恰好からして、貴族やその関係だとすぐにわかるだろう。
対しリョカはというと、旅人の服に紫の外套をまとっている。身代金が毟れるはずもないのは誰の眼にも明らかだ。当然、麻袋から自力で逃げられるはずもないと判断されたのだろう。
――どうしよう。父さんに知らせるか? でも、ここがどこだかわからない。それにヘンリーは……。
あの女は最初からヘンリーを狙っていた。そしてあの窃盗騒ぎも全ては罠。おそらくは人々の意識を窃盗に向けさせ、その間に誘拐するのが目的だったのだろう。
ヘンリーが物取りを追いかけたことで多少の手間をとらせたわけだが、まんまと捕まってしまった。
――やっぱり先にヘンリーとデールさんを探したほうがいい。
リョカは自分が誘拐の対象ではないのなら比較的安全だと判断し、扉を開けた。