幼年編 その六 策謀-1
幼年編 その六 策謀
次の日の朝、パパスは早くに出かける支度をしていた。ただ、いつもと違うところがあり、旅人の服、外套ではなく、濃い青を基調とした礼服に身を包んでいた。
「リョカよ、私は王宮に用があるので行くが、お前はどうする?」
リョカは寝巻きから普段着に着替えていたが、生憎パパスのように見栄えの良い服はない。いくら子供であっても、さすがに普段着でおいそれと入ってよいはずもなく、ぶんぶんと首を振る。
「そうか。ならお前は城の絵でも描いていなさい。けして街の外に出るなよ」
「はい、父さん」
「今回の旅は……、そうだな。しばらくここに滞在するだけのつまらないものになりそうだが、まあ見聞を広めるにはよい機会だ、少しお小遣いをやるから、何か珍しいものでもビアンカちゃんに買ってあげなさい」
パパスはそういうと財布から百ゴールド紙幣を取り出し、リョカに渡す。
「え、こんなにいいの?」
「ああ、だが滞在する間はこれだけだぞ。変なものを買ってお金が足りなくなってもやらんからな」
この国に来てからようやく笑うパパス。リョカはつられて笑いつつ、突然の百ゴールドというお小遣いに内心もにんまりしてしまう。
「うはっ! 百ゴールドか! んならあそこで焼き鳥買おうぜ。なんか昨日からずっといい匂いさせてよって……」
舌なめずりするシドレーだが、リョカはお金を財布にしまう。
「だめだよシドレー。これで買うのはビアンカちゃんへのお土産。それからそうだね……、この国の何か記念になるようなもの……」
「そんなん、適当に緑色の絵の具塗りたくって二本線引けばええやろ。むしろここでの郷土料理をだな……」
あくまでも食い気のシドレーだが、ガロンも昨日から外で香る香ばしい臭いにそわそわしているのがわかる。
「しょうがないなあ……、でも少しだけだよ?」
かくいうリョカも興味がないわけではなく……、お小遣いで最初に買うのは宿屋の隣に出張っている焼き鳥やに決まった……。
**――**
炭火焼き鳥の屋台は盛況だが、早朝はさすがに人も少ない。リョカ達は待っている間、何を食べようかと真剣に悩む。
ラインハットで最近品種改良されたとされる地鶏は油の乗った皮、ぷりぷりの腿肉、独特の触感の砂肝と、いずれも垂涎の一品らしい。セットメニューで一匹分を串にしたものがあり、リョカ達はそれを頼むことで合意した。
「ひっひっひ……、久しぶりの鶏肉か……。それも新鮮、油の乗った最高級! いやあ、今からよだれがとまらんわ〜」
その気になれば自前で焼き鳥を作れそうなシドレーにリョカは首をかしげてしまう。
「そうだ、父さんが帰ってきたら一緒に食べよう」
「おい坊主。冷たくなったらせっかくの味が逃げるで? 美味しいものをわざわざまずくしてから食べるのは料理に失礼だ。残すなんてせんで、俺らで食おう」
「でも……」
「なに、おまんの親父も食いたいなら買うだろ? つか、王宮に呼ばれてるわけやし、ちょっと口利きしてもらえばどうにかなるんじゃないか?」
今頃父はどんなもてなしをされているのだろうか? もともとパパスは招かれた立場であり、その相手はラインハット国だ。特産品の地鶏……、焼き鳥という形式ではないだろうけれど、もしかしたらもっと高級な調理法による一品を堪能しているかもしれない。
「そうか……、そうだね」
リョカは自分に都合のよい言い訳をして、どの部位を食べようかとひたすら空想する。
「おいお前! 張り紙を見たのか? 一人一セットまでと書いてあろうが!」
列の前のほうから声が聞こえた。どうやら少年の声で、何か言い争っている様子。
「なんだ〜、ちょっと見てくるな……」
シドレーはガロンに跨ると、人ごみの足元を縫って列の前のほうへと行く。