幼年編 その六 策謀-3
「くっ……」
男の鼻の頭からすうと血が垂れる。
「おいていけ。さすればこれ以上その低い鼻が低くなることも無い……」
それが冗談に聞こえなくなったとき、男は包みを地べたに置く。遠巻きにそれを見ていた人達もまさかの少年の勝利に喝采をわかせる。
「ふふん、正義は勝つのだ!」
少年は得意そうに言うと、ようやく鞭をしまう。
「兄上、またご無理をなさって……」
兄の乱暴を心配そうに諌める弟。少年はただその頭をぽんぽんと撫で、いい気な様子で高笑い。
だが、その勝利ムードに生まれた隙に、男は手放した包みを拾い上げる。
「あ! コイツ!」
少年が気付いて鞭をかまえようとしたが、男は土のつぶてを投げる。
「ぐ、卑怯なり!」
少年が叫ぶも、もともと暴漢、誹られたところで痛む腹もなし。
「逃がすな!」
その声にリョカは携帯していたブーメランを構える。ただ、それが刃の施されたものであると思い出し、代わりに道具袋にしまっていた鎖帷子を投げる。
着るものではあるものの、それは丁度良く解けて男の両足に絡み付く。
「げっ!」
突然のことに倒れこむ男。それでも包みが散らばらないように抱えて倒れることに感心してしまう。
「くっくっく、やはり天命は我にあったようだな……。さて、いかに料理してやろうか?」
土を払い落した少年が無様に倒れる男に歩み寄り、その包みを奪う。
「ぐ、返せ!」
「ふん、もとはといえば貴様が横入りをしたのだ。本来買うべきであった俺が手にするのが道理だろうが……」
言い放つ少年だが、ふと思い出したように財布を取り出すと、三セット分と思しき代金を男に投げる。
「このまま取り上げては貴様と同じになってしまうからな。金だけははらってやろうか……。憲兵が来る前にさっさと消えうせることだな!」
少年は包みを弟に渡すと、再び鞭を構える。男は鎖帷子を外すと、悔しそうな顔をして走り去る。
「ふぅ……。なんとか包みは無事と……。ふっふっふ、ようやく待ちに待った地鶏セットが拝めるわけだ……」
包みを見る少年だが、リョカ達の呆気に取られた視線に気付く。
「むう、貴様らもご苦労であった。しょうがない、分けてやろう……」
そう言って少年はリョカに包みを差し出してくれる。
「ありがとう……。お金を……」
リョカは小銭入れから代金を取り出し、少年に渡す。
「ふむ、まあそうだな。うむ……」
これでようやく地鶏焼き鳥とご対面となるはずの少年だが……、
「あの、貴方が列の一番前にいましたよね?」
リョカは少年の前に居たと思しき男性に包みを向ける。
「もしかしたらちょっと形が崩れてしまったかもしれませんが……」
「え? いいのかい?」
男性は驚いた様子でそれを受け取ると、代金をリョカに渡す。
「ありがとう坊や。まさか買えるとは思っていなかったよ……」
男性は喜んだ様子で去っていった。
「「おい!」」
少年とシドレーの突っ込みにリョカは驚いた様子で振り返る。
「貴様、せっかく褒美に一つ譲ってやったというのに、どうして他人にまた譲るのだ!」
「そうだ、俺らが食えるせっかくのチャンスやど? 坊主はお人よし通り越してアホや!」
だがリョカはその剣幕にも関わらず、少年から包みを取り上げると、本来買えるであろう順番の人に手渡し、代わりに受け取った料金を少年の弟に渡す。
「「ドアホ!」」
もう一度、二人の声が重なったのは言うまでも無い……。