幼年編 その五 ラインハットへの旅路-1
幼年編 その五 ラインハットへの旅路
妖精の国の事件を解決してから一ヶ月ほどたった頃、サンタローズの村にも若葉が生い茂る。
リョカはその様子を絵にしてアンに贈ろうと思い、いつものようにスケッチブックを持って出かけていた。
わざわざ外に出るのは気分転換と父の調べ物の邪魔をしないため。人気の無いところに行くのはリョカが邪魔されないためと、アンを待つためだ。
リョカはサンタローズに滞在している間に妖精の国、レヌール城、村の北の洞窟、サントフィリップ号の船室など色々描いてきた。そしてリョカがかき上げると、きまって例の女の子がやってくる。彼女がやってくるのは決まって人がいないときだった。
不思議なのはその態度で、礼儀正しいときや妙に不機嫌だったりと様々。しかも数週間程度なのに雰囲気が幼かったり大人びていたりととにかく不思議な女の子だった。
――変な子だな。アンさんは……。
リョカはそんなことを思いながらコンテを持つ。
今、ガロンはシドレーを追いかけて遊んでいるので写生に集中できる条件がそろっている。
だが、今日は別の誰かがやってきてらしく……、
「元気?」
すっと前が暗くなり、視界が誰かの手で覆われる。
「わ!?」
リョカが驚いて後ずさりすると、今度は柔らかな刺激が後頭部に触れる。
無理やり上を見上げると、少し前に窮地を救ってくれた、あの端整な顔があった。
「あ、アニスさん……」
「ごきげんよう。リョカ君」
アニスはリョカを正面に向き直らせ、そのまま抱きしめる。同時に甘い花の香に包まれ、思わず鼻息を荒くしてしまうリョカ。
「わわ! アニスさん、苦しいよ!」
口ではそう言うが、春の日差しと相成って柔らかな心地よさに抵抗する気持ちを失い始める。そして……。
――あっ、また……。
最近よく起こる身体の変化。おしっこに行きたいわけでもないのに、おちんちんが大きく、堅くなること。何度もトイレに行っては出ないのを確認するのが最近の朝の日課。
気恥ずかしさからサンチョはパパスに相談することもできず、リョカは困っていた。
「アニスさん、苦しいよ!」
現象を知られたくないリョカは慌てて彼女の肩を押して距離を取る。だが、押えの緩いズボンではそれが隠れることなくパンパンにテントを張っている。
「……」
アニスもどうやらそれに気付いているらしく、じっと下を向いている。
額に皺を寄せて怒っているようにも見えるが、唇はやや上がり気味。笑いたいのを堪えて無理にそうしているようにも見える。
「あの、ごめんなさい。僕ちょっと最近、おしっこが近くて、今も我慢してて、それで……」
慌てて弁解するリョカ。
「ねえリョカ。貴方最近パンツが汚れたりしたことあった?」
「え? パンツですか? もうおねしょする年じゃないし……」
苦笑いするリョカ。もう十二だというのにその疑いをかけられるのは心外だ。
「おしっことかじゃなくて、そうね、青臭い感じの匂いの……」
「え? 青臭い? んと……そういえばこの前レヌール城の……、あ、いえ、多分あったかもしれません」
思い出されるのは黒い箱に閉じ込められたときのこと。ビアンカの「機転」により危機を脱出したとき、あの箱の中では青臭い臭いが充満していた。リョカとしてはそれがなんなのかわからず、ビアンカに聞くことも出来ず、さりとて気に留めるものでもないと忘れていた。