幼年編 その五 ラインハットへの旅路-9
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なだらかな山地を越えたあと、大きな川が見えた。アルパカ地方とラインハットを分断する境だ。
川を渡るには橋を越える必要があり、そのためにはさらに入国許可証を発行してもらう必要がある。今回の旅ではパパスが既にラインハット国の入国許可証を発行されており、さらには「至急」と赤い印を押されていることから優先的に通された。
地方と国を結ぶ大橋にリョカは目を見開いた。
幼い頃にもそういうせわしない情景を見た記憶があるが、今こうして改めてみることで、その規模がわかる。
見たことも無い楽器を抱える楽士や、牛皮で覆われた曲刀を帯刀する剣士、大荷物を抱えながら地図を見る老人、薄い着物でおへそを露出させた若い女性などさまざまだ。
そのうちに大きな荷車が橋の真ん中を走っていく。目いっぱい載せられた南国のフルーツの一つこぼれたが、気付くはずもない。それをガロンが咥えてくるので、リョカはどうしようかと悩む。
「らっき〜、いただきまーす!」
シドレーは遠慮なくそれを奪うと、ガロンの背中に跨り口いっぱいに頬張り、果汁を飛ばしながらしゃくしゃくと食べる。
「だめだよシドレー。落し物は届けないと……」
「硬いこというなや。ふむ、この味は初めてだ……、あまずっぱ〜」
嬉しそうに言うシドレーに生真面目なリョカは険しい顔をする。
「あれ? シドレー?」
ふと気付く。ガロンに跨る彼の羽の付け根を見ると、赤い皮膚がはがれて緑の皮膚が見えた。
「ちょっと! 怪我してるんじゃないの? 大丈夫? 痛くない?」
「おれ? え、痛くないけどな……つか、かゆい? ちょっと掻いてくれる?」
のんきに言うシドレーにリョカは恐る恐る剥がれ掛けた皮膚に触る。するとそれはぺりぺりと剥がれていき、徐々に緑色の皮膚が見え始める。
「もしかして脱皮?」
「なんや、人のことは虫類みたいにいうなや……って、なんか言われたらだんだんかゆくなってきたな……」
シドレーは芯だけになった果物を川に捨てると、身体を掻き始める。するとどんどん皮が剥がれ、緑の身体となり始める。
「え? もしかしてシドレーってメラリザードじゃなくてドラゴンニュートなの?」
「アホ、そんなんあるかい……。って、なんか気味悪いな……、病気? いやいやいや、いたって健康やし……」
「ね、寒くない? 熱があったりとか……」
「ないない。平気……、いや、まだ頭がかゆい……」
シドレーが頭を掻くと、最後の皮が捲れて全身緑の羽根トカゲに変わる。
「ん〜、なんか変な気分だな……」
自分のことながら気味悪がるシドレー。ふとリョカが気付く。この前にアンが言っていたことを。
「ねえ、前にアンが言ってなかった? シドレーの色が赤いって……。もしかしてシドレーは成長すると色が変わるんじゃない?」
「なんのために?」
「それはわからないけど、ほら、氷の息が吐けるとかいってたし……」
「氷ねえ……よっしゃ、ためしに……って思ったけど、ここは人が多いな。ま、宿に着いたらちょっと試してみような……」
「うん。そしたら何かシドレーのことについてわかるかもしれないね」
「そうさな……」
頷くシドレレーはガロンの尻尾を無理に引っ張ると、橋の向こうを目指して駆け出していった。
「待って!」
リョカがそれに続くと、パパスも早足になった……。