やっぱすっきゃねん!VO-1
様々な業種のビルがひしめくビジネス街。そこから、少し離れた場所に総合病院が建っている。
近年、専門医療の多角化のために中心街では十分なスペースを確保出来ず、郊外へと移転していく病院がほとんどなのに対して、その建屋は孤高にも存在し続けていた。
その地下駐車場に白いクルマが1台。藤野一哉の乗る営業車だった。
「問題無し…と」
彼は、病院内にある施設の点検に訪れていた。
元々は、ガス会社の社会人野球部出身。引退した後も関連会社に席を置き、県下のガス施設を巡回点検するのが彼の仕事だ。
「次は…〇〇か」
一哉は、次の予定を確認するとクルマのエンジンをかけた。
同時に、コンソールに明かりが点る。時計は11時を過ぎていた。
(そろそろ、試合だな…)
一哉はふと、遠くに目をやった。
優しい眼をしていた。
“パァン”という乾いた音が鳴った。
(これならイケるッ)
痺れる掌の感触。心躍る達也。それほど、ボールはキレていた。
(わたしのボールだァ!)
それは佳代自身にも分かった。春先、社会人相手に五分の結果を見せた、浮き上がるような軌道をみせたのだ。
「やっと…」
色々な思いが駆け巡る。打たれてベンチに入れなかった事、一生懸命やっていないように思われた事。それらが一瞬のうちに駆け巡り、胸の中で込み上げてきた。
その変化に達也は気づいた。
「すいません。タイムお願いします」
慌ててマウンドに駆け寄って行く。
「佳代、どうしたんだ?」
達也の目に映ったのは、グラブで顔を隠して泣いている佳代だった。
「ボールが…」
「はあ?」
「…やっと…わたしのボールが…」
それ以上は、言葉にならない。顔は、涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。
思わず、ため息を吐く達也。
「佳代。ちょっとベンチに行くぞ」
「…なんで?」
意味が解らない佳代。
「そんな顔じゃ投げれないだろ。顔拭いて、気を鎮めるんだ」
「…う、うん…」
「監督には、オレが云ってやるから」
佳代と達也は、小走りでベンチに向かった。すぐに、控えメンバー逹が周りを取り囲んだ。