やっぱすっきゃねん!VO-9
内心、驚く一ノ瀬。
(あれじゃ、突っ込んでもアウトだな…)
3塁に戻ると、コーチャーの和田を呼んだ。
「あのセンター、前進守備だったか?」
「いえ。定位置から、少し前ぐらいです」
和田は、感服しきった顔でさらに続ける。
「ものすごいダッシュで掴んだら、ホームまで…あのセンター、要注意ですよ」
「まったくだ…データに無かったな」
一ノ瀬は、打席に入ろうとする秋川に目を向けた。
「決めろよ、進…」
秋川の中に緊張が走る。こんなチャンスで、打席に入る事など無かったから。
だから、動揺を隠せないピッチャーの様子など、見る余裕もない。
だが、今度は永井が気づいた。
彼は、秋川が自分を見た時に、何のサインも与えることなく両肩を回した──リラックスしろと。
(そうだよな。打率2割台のオレが決めようなんて、ムシが良すぎるよな…)
秋川の中から、余計な虚栄心が抜けた。
1塁に出た佳代は、大きくリードを取る。狙いは盗塁して、プレッシャーをさらにかける事。
(あのピッチャーの癖は分かってる…背中の傾き具合だ)
ピッチャーがセット・ポジションに入った。背中はやや反り気味で、背番号がはっきりと見える。
(牽制…)
次の瞬間、プレートに乗った右足が、素早く後ろに滑った。
佳代は、1塁へ滑り込む。牽制球を掴んだファーストがタッチするが、塁審は両手を横に広げた。
(これで、いいかな?)
佳代は前回の試合で、癖を利用されて牽制アウトになった。
この件をミーティングの議題とし、改善を考えた策が今の戻り方だ。
癖を知らなかったようにする。
要はそういう仕草を見せて、相手に余計な考えを持たせないと思わせるわけだ。
(次は…?)
再びリードを取る。背中は、少し丸まってるのか、背番号の先が折れて見えた。
佳代は左足の爪先を、少し2塁方向に向けた。
ピッチャーの軸足。右足の膝にユニフォームのシワが寄る──軸足に体重がかかった証。
(いまッ!)
佳代はスパイクで土を蹴った。
「走ったァ!」
内野手の叫びがピッチャーの耳に届いた。がしかし、投球動作に入った彼には、どうにもならない。
変化球の握りのまま、真っ直ぐを投げるくらいしか対応策は無かった。