やっぱすっきゃねん!VO-2
「どうしたんだ?」
戻って来た2人に永井が訊ねると、
「それがコイツ、“やっと自分のボールが投げれた”って泣き出したんです」
達也は、口許をミットで隠して状況を伝えた──笑っていることを悟られないように。
「まったく…佳代らしいな」
呆れ顔の永井。
「監督。主審には怪我の治療って事にしてもらえますか?」
「…分かった。怪我だな」
永井は、すぐに直也を呼び寄せて口頭で事情を伝えると、伝令に向かわせた。
「葛城さん。すいませんが、佳代についててもらえますか?」
「分かりましたッ」
葛城は、佳代と一緒に裏の準備室へと向かった。
そんなイレギュラーともいえる状況に、1塁側スタンドからざわめきが起こる。
「佳代ちゃん、どうしたのかしら?泣いてたみたいだけど」
「ベンチに下がったから、どっか痛めのかな?」
有理と尚美の仲良し応援団も、突然の事態が気になって仕方がない。
そしてもうひとり。
「姉ちゃん…」
弟の修も、ただならぬ思いで行く末を見守っていた。
「どう?少しは落ち着いた」
「すいません…」
ベンチ裏にある準備室。普段は、選手逹が素振り等を行う場所なのだが、今は佳代と葛城の2人しか居ない。
「…初球投げたら…なんか、今までの事を思い出して…」
佳代は、溢れてくる涙を何度も何度も拭いながら、たどたどしい言葉で答えた。
「あれから3週間。皆んなが、あなたの復調を待ってたのよ」
優しい、激励の声。
「なんか…出る度に打たれて…何にも出来なくて…」
「そうじゃないわ。あなたが苦しみ、もがいてたのを皆んなも知ってるわ」
葛城は、佳代の肩に手を置いた。
「さっ、落ち着いたら涙を拭いて。皆んながあなたを待ってるわ」
「はい」
佳代は大袈裟にタオルで顔を拭うと、立ち上がって深呼吸を繰り返す。
「どう?いける」
「はいッ。いきます」
その目を見て、葛城は安心した。闘う者の眼になっていた。