やっぱすっきゃねん!VO-19
「肩…大丈夫か?」
直也が沈黙を破る。
「…さすがに、ヘコんだ」
佳代は答えて俯いた。
「とにかく、早く治ると良いな。それまでは、代打でも代走でも試合に貢献出来るんだからさ」
無茶なことだと分かっている。だが、何とか励ましてやりたい思いが、嘘をつかせた。
「ふふッ…」
すると突然、佳代の口から含み笑いが聞こえた。
「何だ?何がおかしんだ」
「…春先を思い出したよ」
先ほどとは一転、明るい口ぶり。
「春先って?」
「ほらッ、アンタが練習試合でまったく勝てなくて落ち込んでた頃…」
忘れるハズもない。初戦の東海中を皮切りに、投げれば打ち込まれる現実を突き付けられ、精神的にまいっていた。
直也は、現状を何とか打開したいという思いから一哉に相談しようと、彼のクルマに同乗させてもらった。
「それが、面白いのか?」
「いきなりわたしの隣に乗って来て、何て云ったか覚えてる?」
「さあ?何か云ったのか」
「アンタはわたしに“女臭い”って云ったの」
直也には、佳代が何を云いたいのかさっぱり分からない。
「女に、女臭いって云って悪いのか?」
「わたしゃ、結構傷ついたんだからね。有理ちゃんに絶対云っちゃダメだよ」
野球に関しては強い信念を持つ直也も、こと、有理についてはからきしだ。
「だーからッ!何でその名前が出てくるんだよッ。関係ねえだろ!」
狼狽えを悟られまいと語気が荒くなる。が、佳代にはまったく通用しない。
「アンタだって“男臭い”んだからねッ。ついでに云えば、この中ぜーんぶ、アンタの臭いで充満してるよ」
佳代に云われた途端、直也は自分で自分の身体を嗅いだ。
しかし、これといった“異臭”を感じない。
「オレは分からないけど…」
「そうよ。だから、人に云われるのイヤでしょう?」
「…わ、分かったよ」
苦い顔の直也。一方の佳代は、ニコニコ笑っている。
(なんだよ。慰めてやろうと思ったのに、元気じゃねえか…)
ちょうど会話が一段落した時、加奈が現れた。
「ごめん、ごめん。修に色々お願いしてたら遅くなって」
「ううん。ずっと直也と話してたから」
加奈は、バック・ミラー越しに娘の顔を見た。
「楽しそうな話だったみたいね?」
「おかげで、ずいぶんスッキリしたよ」
「そう。良かったわね」
クルマは駐車場を出て、直也の自宅へと走り出した。