やっぱすっきゃねん!VO-18
「あんなコーチが…わたしにいたら…」
だが、その考えはすぐに否定された。
「あの子の才能が、呼び寄せたんだよね…」
そこで尚美は思考を切り替える。トイレット・ペーパーで涙と鼻水を拭き取ると、受話器の登録アドレスから“ある友人”を選びだして、通話ボタンを押した。
「あっ、相田さんのお宅ですか?すいません、有理さんお願いします」
尚美は声を弾ませていた。
楽しいひと時は、あっという間に終わりを迎えた。
「おばさん。ご馳走様でした!」
「じゃあそれ、こっちに持ってきて」
ズラリと並ぶ空の皿を、佳代に修、そして直也は流しに運んで行った。
「鍋と大皿以外は、こっちに入れるの」
佳代は、流し台の隅に置かれた食洗機を指差す。
「へぇー。おまえん家、こんなんで洗うのか」
「ウチは共働きだから。機械が洗ってくれれば、母さんが楽になるからって父さんが買ったんだ」
「あー、それ分かる。おじさん、優しそうだもん」
「でもね、母さんの方が父さんに一目惚れしたんだって。今でもそうだね」
その時、2人の背後から咳払いが。
「聞こえてるわよ」
どうやら、調子に乗り過ぎたようだ。2人は無言で食器を押し込んだ。
「これでヨシと!」
食洗機が勢いよく動きだす。
「じゃあ直也。送ってくわ」
加奈の申し出に、直也は両手をワイパーのように振っている。
「い、いや、ひとりで帰りますッ」
「なに云ってんの!帰り道であんたに何かあったら、わたしは親御さんばかりか野球部からも恨まれるのよ。黙って云うこと利きなさいッ」
加奈の剣幕に、直也は従うしかなかった。
「佳代。先に行ってエンジンかけといて。わたしもすぐ行くから」
「うんッ」
佳代は、クルマの鍵を取って直也と一緒に玄関を出た。
「もう9時なのに、結構蒸してるね」
「そうだな…」
佳代はクルマのエンジンをかけ、エアコンのスイッチを入れた。
「外よりマシだろうからさ。乗ってよか」
佳代はそう云ってバック・シートに乗り込んだ。直也は、仕方なくその隣に腰かける。密室の車内は送風音だけが流れていた。