やっぱすっきゃねん!VO-17
澤田家が賑やかしい夕食を摂っている頃。保田尚美は、部屋で机に向かっていた。
彼女は佳代の応援に出かける以外、テキストと参考書と過ごす毎日。
事の始まりは先日の甲子園予選決勝。スタンドで再会した信也の言葉を鵜呑みにしてしまったのだ。
──目標を持った者は強い。
連日、8時間近い勉強をこなしても苦痛に思っていない。むしろ、来年のことを考ると嬉しくなってしまう。
今夜も、そんな努力をしていたら、母親がドアを開けた。
「尚美、電話よ」
尚美は苛立ちを隠さない。
「え〜っ、誰からあ?」
娘の問いに母親は、少しためらい勝ちに云った。
「…それが、男の人で」
「ええっ!?」
覚えのない話に、尚美は訝しがる。
「それ誰?」
「その…藤野って人…」
その瞬間、尚美はイスから勢いよく立ち上がった。
「バカね!何でそれを先に云ってくれないのッ」
母親の横をすり抜け、電話のあるリビングで受話器を取ると、トイレの中へとに駆け込んだ。
ここなら、誰にも邪魔されないからだ。
一哉なら、彼女の中にある疑問に答えてくれるかも知れない。はやる心を抑えて、尚美は通話ボタンを押した。
「…替わりました。尚美ですが」
彼女の耳に、通りの良い一哉の声が聞こえてきた。
「夜分にすまない。君に頼みたいことがあるんだ」
「…何なんです?」
「実は、佳代のことなんだが」
──やっぱり!
尚美の勘は当たった。
そう思った途端、思いが堰を切って流れた。
「藤野さんは知ってるんでしょ!試合の途中で、佳代がいなくなった理由をッ」
「そのために、頼まれてもらいたいんだ」
感情的な尚美に対して、一哉の口調はあくまでモノトーンだ。
「何があったか教えて下さい!そうじゃないと、頼まれても受けれませんッ」
しばしの沈黙の後、一哉はおもむろに口を開き、
「この事は他言無用だ。君と、もうひとりの友人以外には言わないでくれ」
そう前置きしてから、佳代の身に何が起こったのかを語った。
話し終えた時、受話器の向こうから尚美の嗚咽が聞こえてきた。
「…なんで…あんなに練習して…最後なのに…」
一哉は、柔らかい顔になった。
「それで頼みなんだ。これは君たちにしか出来ない」
そう断言して、尚美に全てを伝えた。
「どうだろうか?」
一哉の提言に、尚美は涙がこぼれる。ただ、「うん」と云うのが精一杯だった。
「じゃあ、頼むよ」
電話は切れた。
涙でにじんだ目が、受話器を眺める。尚美の顔には微笑みが戻っていた。