やっぱすっきゃねん!VO-14
「佳代、ちょっと出てよ」
「分かった」
佳代が玄関を開けると、待っていたのは直也だった。
「あ…」
頭の中で、医務室に向かう時の球場アナウンスが聞こえた。
──ピッチャー、澤田さんに替わりまして、川口くん。
「…今日はごめん。わたしのせいで」
すまなそうに話す佳代に、直也はつい、キツい言葉になる。
「まったくだ。2イニングの予定だったのに、倍の4イニング投げさせられたからな」
いつもの佳代なら過敏に反応して言い返すのだが、今の彼女にそれだけの強さは無かった。
「本当にごめん…」
それだけ云うと、深く頭を下げた。
「おまえ…」
直也の中に嫌な感じが甦る──昨年の夏、辞めると云いだした場面が。
「そ、それよりもよォ」
そう思った途端、彼は笑顔を作って話題を変えた。
「おまえのチャリ。持って来たんだけど、何処に置くんだ?」
「ええッ!」
直也の問いかけに、佳代は思わず声が裏返る。すっかり忘れていたのだ。
ちょうどそこに、様子を見に来た加奈が加わった。
「佳代、誰が……あら、直也?」
「あっ!おばさん、こんにちは」
直也は、帽子をとって挨拶する。人の子供にでもズケズケとモノを云う加奈は、昔から苦手な大人だ。
「それがね。わたし、怪我ばかり気にしてて学校に置いた自転車忘れてたの。そしたら、直也が持って来てくれて…」
事情を聞いた加奈は、直也を見てにっこり笑いかける。
「へぇーそうなんだ。優しいんだ、直也は」
そう云われた直也の目に、狼狽えの色が映るのを加奈は見逃さなかった。
つい、企みを持ってしまう。
「ねぇ、ついでだからさ。晩ごはん食べてかない?」
「はあ?」
直也は、加奈が何を云っていることが理解できない。当然、佳代も同様だ。
「母さん、どうして?」
「あらあ、直也はわざわざアンタのために自転車を持って来てくれたのよ。お礼ぐらいするのは当たり前じゃないッ」
然もありなん。といった表情の加奈。そんなやり取りに、直也は額から汗をにじませる。
(やっぱり佳代の親だ…云ってる事がおかしいだろう)
無論、彼に云い返せるわけがない。いわれるまま、家の中へと上がらされてしまった。