幼年編 その四 妖精の里-1
幼年編 その四 妖精の里
サンタローズに戻ってきたリョカの日々は平穏としたものだった。
パパスはアルパカの酒場の店主から借りた本に掛かりきりであり、リョカもアニスとの約束を果たすため、レヌール城やサンタローズの日常を描いていた。
そんな折、村で不思議なことが起こった。
ドルトン親方の作業場で薬莢がなくなったり、道具屋と武器屋の品揃えが入れ替わったり……。酒場のお煮しめをつまみ食いされたりと、どれも他愛の無いことばかりだった。
「坊ちゃん。お茶が入りましたよ〜」
階下でサンチョの呼ぶ声がしたので、リョカは筆を止めて急ぐ。
「旦那様、バニア産が行方不明でして……」
テーブルにはキャラメルの匂いのする紅茶が三人分用意されており、パパスはスコーンをつまみながら啜っていた。
「うむ……。おかしいな。前に買ったばかりなのに……。リョカ、イタズラしてないよな?」
「え? 僕じゃないよ……」
疑われたことにむっとしながらも、前にお茶の缶をひっくり返して黙っていたことを思い出し、それも仕方が無いと思うリョカ。ただ、先日パパスが買い物から戻ってきたときは確かにあったわけで、それがこの狭い家でなくなることは、十分不思議なことである。
「おーい、なんか臭い葉っぱの缶があったで〜」
すると地下室からシドレーがガロンを連れてやってくる。シドレーが抱えているのはなくなっていたとされるヴァニア産の紅茶だった。
「なんで地下室に? ……ぼっちゃんですか?」
サンチョはそれを受け取ると、リョカをぎろりと睨む。普段優しいサンチョなのだが、イタズラ、特に厨房周りをいじくると、とても怖いのだ。
「ぼ、僕じゃないよ。だって僕、最近はずっと二階で絵を描いてたし、ほほ、本当だよ!」
リョカは慌てて否定するが、サンチョは聞く耳を持たない。
「坊主じゃないと思うで? これあったの坊主の手の届きそうにない箪笥の上にあったしな……」
「じゃあシドレーさんということになりますな〜」
すると今度はシドレーに視線が向かう。
「違う違う。俺が隠したならわざわざ持ってこないって……」
慌てて弁解するシドレーに、サンチョもそれもそうかと頷き、では犯人は誰なのかと首を傾げる。
「もしかしたら、イタズラ好きなエルフの仕業かもな……」
その様子を見ていたパパスは紅茶を啜りながら笑って言う。
「エルフ?」
「ああ、普段は人里離れたところにいるらしいが、たまに人間の住みかにやってきては他愛の無いいたずらをするらしい。最近この村でもそういうイタズラめいたことが多いし、もしかしたらそうなのかもな……」
「じゃあそのエルフを捕まえてイタズラしないように言わないと!」
リョカは疑われたことを根に持っているらしく、憤慨気味だった。
「そうですねえ。でも私としては焼きたてのパンがミミだけ残っていることのほうが不思議なんですけどね〜」
「え? あ……それもきっとイタズラエルフが!」
しれっと言うサンチョの言葉にリョカはそう叫ぶと、こっそりと台所を出ようとする。
「坊ちゃん、コンテを消すのに使っていませんよね?」
「ごご、ごめんなさ〜い!」
リョカは捕まるまいとばかりに脱兎のごとく飛び出した。
ハイヴ家のイタズラ坊主はまだまだやんちゃの盛りなのかもしれない……。