幼年編 その四 妖精の里-2
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「あーあ、帰ったらサンチョに怒られるのかな……」
コンテを書き直すのにパンを使ったことを後悔するリョカ。普段なら少しの書損じぐらいは無視するのだが、今回のは人にあげるもの。会心の出来を差し出したいというプライドが彼にもあった。
受け取り主が何時くるのかがわからないのもあり、出来るだけ完成を早めたい一身で、焼きたてのしっとりふわふわのパンを使ったわけだ。
「なあ坊主、最近感じとったんだけど、お前の周りに誰かいるで?」
「え?」
「さっきのパパさんの話聞いて眉唾思ったけど、本当にいるかもな、イタズラエルフ……」
「そんな、シドレーまで……」
普段は実利的というか自分の見たものくらいしか信じようとしないシドレーだが、今回は妙にエルフの存在を信じているらしい。
「まあなんだ。俺、多分エルフとか会ったことあると思うからなんだろうけど、それにしても今回のはちょいわざとらしすぎるな」
「そう? でもちょっと会ってみたいな。そのイタズラエルフに……」
「イタズラじゃなーい!」
リョカがくすっと笑うと、背後で女の子の声が響いた。驚いて辺りを見回すが、誰も居ない……かに見えた。
「誰? どこにいるの?」
リョカはキョロキョロしながらも武器を構える。この前の幽霊のこともあり、何時どこに悪意のあるものがいるのかもわからない。
「危ないな……。武器なんてしまいなさいよ」
「でも、姿が見えないし……」
「もっと目を凝らして、感覚の目で見るの……」
「感覚の目って……」
「うふふ、嘘よ……。アンチレムオル……」
リョカの前で光が人の形に散りばめられたと思ったら、知らない、紫の髪の女の子が立っていた。
イタズラっぽい二重の瞼と気の強そうな釣り目。鼻が高く、上唇のふっくらした感じの唇。なにか楽しそうで笑窪が出来ている。
腕組みをしたまま彼女はリョカに歩みよる。
「私はエルフのベラ。ベラ・ローサ。急で悪いんだけど君にお願いがあるの」
「僕にお願い? いいけど……、そうだ、君がこの村でイタズラをしていたの?」
「ええ……。みんな気付かないから楽しくってね……。でも焼きたてのパンを消しゴム代わりにしたのは私じゃないけどね……」
「うう……」
「坊主の悪さはしっかり筒抜けだわな。しゃーない、サンチョにはこってり油絞られて来い」
くくっと笑うシドレーと憂鬱になるリョカ。ガロンは主人の周りを走りまわる。
「あのね、実は今妖精の村が大変なことになっているのよ。人間の世界に春を呼ぶための春風のフルートが盗まれちゃって……」
「春を呼ぶための? もしかして最近がまだ寒いのって……」
「そう。それが原因なのよ。で、なんとかしてそれを取替えさなきゃいけないんだけど、あたし達エルフ……、エメラルドエルフって言うんだけど、戦いとか苦手なのよ。だから、人間の戦士に協力を求めているの」
「協力ってあんた……、そんなん坊主に頼まないでパパさんやらもっと強い人誘えばいいんでないの?」
もっともな疑問を口にするシドレー。確かに子供にしては強いリョカだが、戦士を生業としている者のほうが適任と言えるだろう。
「それがね、エルフの里があるんだけど、そこが人間の……特に欲望に塗れた大人に知られると困るのよ。だから里に案内できるのはまだ欲の少ないであろう子供に限られるの」
「なんじゃそりゃ……。そんなん言うてる暇があるのかいな……」
「そうなのよ。でも、おえらいさんの方だと、まだ逼迫した状況じゃない、ルビーエルフの戦士を呼べばとかのんびりしたことばっかり。もし春が来なかったら植物は育たないし、人間の世界は大変なことになるわ……」
深刻そうな話なのだが、せこいイタズラをして回っていたベラを見ていると、それが伝わってこないところがある。ただ、彼女が必死であることだけは理解できるのと、最近の寒さにはリョカも不思議だと思っていた節がある。
「そう。わかったよ。それじゃあ僕らはどうすればいいの?」
「うん。まずはエルフの里に案内する。捉まって」
リョカは差し出された手を掴む。ベラは片手で器用に印を組むと、大気中から魔力が集まりだし、二人と二匹は光に包まれる。
「ルーラ!」
そして、空へと消えた……。