幼年編 その四 妖精の里-13
「あら? このリボン……」
フローラは彼女のおかっぱの髪を結っているリボンを見て呟く。
「こ、これ、お母様から頂いた大切なリボンなの!」
「そう。私のお気に入りのと似ているから、つい……」
「へ〜、そ、そうなんですか……とてもセンスがいいものだから、多分流行っているんですよ!」
「変ね〜。これはヅルトン工房で親方さんに特別に刺繍してもらったものなんだけど……」
「あ、いや、だから、多分イミテーションと言いますか……」
「イミテーション? ふふ、おかしなことを言うのね。リボンにそんなことをする必要があるのかしら?」
何か言うたびにボロが出るようなアンはしどろもどろになり、リョカに助け舟を求めるかのような視線を送り出す。
「あ、フローラさん、妖精の村から帰るまえに何かお土産を買っていこうよ。ほら、エルフのお守りとかいろいろあるみたいだよ?」
リョカは大振りでフローラの視界を遮り、彼女の肩を押しながら露天へと送る。
「あ、ありがと……」
「ん〜ん、この前失礼なことしちゃったお詫び……」
キスのことを思い出すリョカだが、アンはなんのことかわからない様子できょとんとしている。
「とにかく、フローラさんは引き受けるから、アンはもう行きなよ……」
「はい、わかりました!」
不自然に素直なアンは、そう言うと宿屋の陰へと走って消えた……。
「へえ……姉さんにも何かお土産を買っていこうかしら? ねえ、リョカさんなら姉さんにどれが似合うと思います〜」
「えっと! きっと赤いものが似合うと思うよ!」
デボラのことを思い出すとややげんなりするところもあるが、フローラのお小言を思い出すとまだデボラのからっとした態度のほうが懐かしく思えるから不思議だ。もちろんそれを態度に表せば、きっと帰宅時間が大幅に遅れるのだろうけれど……。
**――**
「ただいま、サンチョ! おなか空いたけど、夕飯はまだ!?」
家に帰ったリョカはいの一番に台所にいたサンチョに声を掛ける。
「夕飯ともうされましても、まだお昼を食べて二時間程度ですよ? まあ、お腹が空かれたようならおやつを用意しますが……」
そう言ってサンチョはフライパンを温めだす。
「……ねぇシドレー。もしかして妖精の国と僕らの世界じゃ進む時間が違うのかな?」
「……どうだろうな? まあ腹時計で確認する限り、そうらしいが……」
こそこそ話をする二人。五分と待たないうちにホットケーキの香ばしい香りが漂い始める。
「うわーい、サンチョのホットケーキは綺麗な狐色なんだよ!」
さらに盛られたケーキはこんがり狐色の円を描いている。
「うは、こんな風に綺麗に焼けるとか、あんたプロだな!」
「いっただきまーす!」
二人は口々にそれを頬張る。だが、その笑顔は一瞬にしてくずれ……。
「に、にがーい! なにこれ、苦いってば!」
慌てて水を飲むリョカにシドレー。一体なにを間違えればホットケーキが苦くなるのか?
「今朝のことなんですけどね? 朝食に食べようと思っていたパンがミミだけを残して……」
「ご、ごめんなさ〜い!」
リョカは今朝の軽率な自分を、ちょっと、いやかなり、反省していた……。